

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-08-11 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
8月から、文化庁文化部長という仕事をすることになりました。文化庁は、文部科学省の中の一組織であり、特に大きく立場が変わったわけではありません。
ただ、これまでは「教育」と名のつく分野ばかりで働いてきたのが、初めて「文化」と正面から向き合うことになりました。
新しい仕事や事態と向き合うとき、わたしは、そもそも……と考えるところから始めます。すなわち、「そもそも『文化』って何だろう?」。
普段われわれは、深く考えもせずに「文化」という言葉を使っている。わたし自身、今まではそうでした。でもそれが仕事になった以上、真剣に考えてみなければならないと思います。
「文化」って何だろう? 皆さんはどう思いますか? と、このごろ、会う人ごとに尋ねています。ウッと詰ってしまいますよね。最近そればかり考えているわたしだって、まだ明確な答は出ないのですから。
考えるというのは面白いことだなあと改めて思います。「文化」とは何かを考えていると、さまざまなことに気付く。それがとても面白いのです。実は、「文化」とは何かを考えるのは、「教育」とは何かを問うのとほとんど同じなんだ、と思えてきました。そんな発想はわたしの中にはこれまでなかった。「!」という感じです。
教育とはあらゆる差別をなくしていくための営みだとこれまで考えてきましたが、ひょっとすると文化の発達というのもそうではないのか。そんなことないだろう、差別のあった時代にも文化はあり、むしろ、「差別」という「文化」があるんだ、と言う人さえいます。しかし、よりよい文化にしていくという視点に立てば、より快適な状況=差別のない状況を進展させる必要があると思うのです。
ところで、この「差別をなくす」という言い方については、前回紹介したようにNHK「しゃべり場」でツッこまれてしまったわけですが、もっと別の言い方もあるのかもしれません。
このあいだ、フリーライターの姜誠(カン・ソン)さんと話していたら、「寺脇さんの話で忘れられない一言がある」とのこと。本人は忘れてしまっていたのですが、一緒に大酒を飲んだとき酔っ払ったわたしが突然真顔でこう言ったらしい。「姜さん! 歴史の進歩って何だと思いますか?」
突然こんなこと言われたら驚くよね。さらにこう続けたそうです。「わたしが思うのにはね、世の中から『不条理』ってものをなくしていくことじゃないか」。
姜さんは、とてもいい言葉だとほめてくれましたが、うーん。酔っ払ったときの方が冴えてるんだろうか。