

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-08-04 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
「しゃべり場」に出ていちばん印象に残ったことを、書いておきたいと思います。
放映された中にもある部分ですが、教育改革という仕事をしているわたしに向けられた十代の皆さんの疑問「何のためにそんなことをするのか?」についてのやりとりです。
わたしは答えました。教育改革の基本理念は「生涯学習」です。これは、この社会を、いつでも、どこでも、誰でも学べる=自己実現できる社会に変えることを意味しています。つまり、女性だから、障害者だから、学歴がないから…等々の理由で学ぶチャンスが失われないように、一切のバリアをなくしていくことが究極の目的なのです。端的に言えば、差別をなくすこと。
その答に、皆さん懐疑的でした。差別をなくすなんて、ホントにできるの? たしかに、差別そのものをなくしていくのは極めて難しい命題です。だからまず、何らかの条件ゆえに道が閉ざされることのないように制度や社会構造を変えていく教育改革を進めようというのです。
そう言うわたしに、「でも、寺脇さんは男で、いい学歴、いい職業に就いているわけで、そんな人は『差別』があった方が得をする立場じゃないですか。そんな人が『差別をなくしたい』と言っても信用できない」とのツッコミがありました。うーん。全くその通りですね。たしかに、差別があればあるほどわたしは「優遇」される立場にある。
でもね。得なんだけどイヤな状況というものがある。逆に、損なんだけどハッピーな状況もある。世の中がどうあってほしいかと考えるとき、得か損かの尺度も否定はしないけれど、イヤな状態かハッピーな状態かを選択する考え方があっていいと思います。
ただし、さっきのツッコミは正しい。わたしたち大人、特に世の中にかかわる度合いの大きな人間は、「実は自分は『差別』によって『優遇』されている立場だ」ということをはっきり自覚しておく必要があります。わたし自身、今度のことで改めて思い知らされましたが、同じように考えてほしい第一は、学校の先生たちです。教師も、世の中で他と比べれば優遇されている立場なんだと自覚してほしい。それに無自覚なままで、子どもたちに差別をなくそうとか弱者を助けようと教えても、空疎感を免れないと思うのです。