

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-07-14 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
【授業風景—役割ってなあに】
寺脇:考えてみると,このクラスをきれいにすることはみんなの責任だけど,そ の中で役割を持っている人,例えば清掃委員とかそういう係はあるんじゃないのかな。
児童:生き物係があります。
児童:レクリエーション係です。
寺脇:係って何だろう。例えば,レクリエーション係。みんなが仲良くやっていくためにレクリエーションをやる,みんなが楽しい気持ちになってけんかしないことは大事ですよね。レクリエーションの他にもみんなが楽しく過ごすためには,色々な係がある,その中でこのレクリエーションのことは君にお願いしようとするでしょう。でも,自分の机をきれいにしようというのは係がないから自分の責任でやる。それがもうちょっと大きな地域になっていくと,全員が係を持っているんですよ。例えば,私は日本全体の教育がよくなるようにって仕事をしているけど,本当は日本の全員が考えなきゃいけないことだよね。でも,みんなそれぞれ分担を決めないとすべてやることは難しい。私がやっていることと,クラスのレクリエーション係がやっていることは同じことなんですよね。みんなはこの教室の中で自分が一員としての責任を果たすと同時に,係として特別にこれをやるというのがあるよね。京都市役所や京都府庁に勤めている人は,地域のことを専門の仕事にやっている人なんです。だけど,祥豊小学校区という地域をどうするかについては,その専門家がいるわけじゃない。じゃあそのときどうするか,それは教室と同じことなんですよ。一人一人が責任を自覚する。つまりみんなの仕事は,一生懸命勉強して頭や心を鍛えることだけど,この5年2組という地域をよくするためにそれぞれ係の仕事を分担している。祥豊小学校区をよくするためには,専門家じゃないけども,例えばゴミの片付けをしようとか,自分が何か地域の中でできることをしようと考えていくと,祥豊小学校区を良くしていくアイディアが出てくるかもしれませんね。
《地域の中での役割を,クラスの係に例えて説明が始まった。クラスには,みんながより楽しく生活できるための仕事の分担がある。身近な例を挙げながら,自分と人とのかかわりの中で役割を考えさせる質問と応答が続いた。子どもたちが当たり前と捉えている係の活動を引用して,その意義を考え,深め,広げる。地域のために,自分は何ができるのか。考えを出し合い,できることを自分の責任でやっていく。子どもたちは自信を持ったようだ。》
【授業風景—地域は地球に広がる】
寺脇:ちょっと考えてみよう。自分という一人の人間は,いくつの地域に属しているんだろう,教室があります,学校があります,この校区があります,京都市があります,京都府があります,日本があります,アジア地域があります,地球があります。つまり自分という一人の人間は,いろんな地域の一員なんです。すごいよね,日本だけ平和であったらいいと思う人は日本という国の一員であることで止まっている。日本が平和で空気がきれいであればいいけど,地球全体が平和で空気がきれいであれば,もっといいとそこまで考える。いろんなことを勉強することで,自分がより大きな地域の一員として役割を果たすことができるようになります。4年生までのあなたたちは祥豊小学校という学校の一員として,学校を良くすることを考えてきたよね。5年生になったら,この祥豊小学校区を良くすることを考えていく,そして,大人になったら日本全体,地球全体を考えていくようにならないとね。今までは自分一人の机から始まったものが,地球とか宇宙まで全部つながっているということを頭の中に入れておいてください。でも今できること,それは自分の周りの地域から考えていくことなんだけど,今,自分にできることはなんだろうと考える。みんなできるよ。一年生の時に祥豊小学校区全体のことなんて考えられなかったでしょう。これからみんなは頭や体を鍛えて大きくなっていけば,もっといろんなことを考えていけるようになるよ。校区のことを考えることができるってことは,いずれは日本全体のこと地球全体のことを考えられるようになるということ。これもつながっているんだね。こう考えると勉強に,一年間,やる気が出てくるんじゃないかな。」
【授業風景—先生と子どものつながり】
休憩の間も子どもたちは休むことなく,寺脇先生の話しを学習ノートにまとめていた。その後は,子どもたちとの質問タイム。文部科学省ではどんな仕事をしているのか,東京の地域はどんな様子か,子どもの頃と地域は変化しているか,好きなサッカー選手はなどの質問が飛び出した。10分間の予定時間は,30分にも及び,そして,授業は,こんな言葉で締めくくられました。
寺脇:みなさんと一緒に勉強することは,私も初めての経験でした。経験をするということはすべて勉強です。私も生涯,勉強です。生涯の一つの思い出を皆さんと一緒に作ることができました。どうも有難うございました。
《普段はあまり発言をしない子が,質問に応える中で,地域の輪が何十にも重なり広がっていくことを自分の言葉で話している。つまりながらも,最後まで自分の思いを言い切った。それをじっと笑顔で待って,聞いてくれる先生の姿。子どもたちが『寺脇先生好きになりそう』と言ったのも,そのような姿を見てのこと。先生がどんな反応を示すか,どんな声をかけてくれるか,じっと聞いているんです。安心して聞いてもらえる。自分の思いをぶつけても大丈夫と思った時,身近な自分たちの先生になりました。その日の反省会で,ある子が「寺脇先生,もう帰らはったかなあ」とつぶやきました。「京都駅まで,見送りに行きたい」と言う。それは無理でも校門までならと,みんな急いで帰りの支度を始めました。子どもたちにとっては,もう審議官は文部科学省の偉い人ではなく,『自分たちの寺脇先生』になっていました。》
京都駅に向かう車の中で,授業を終えた心境をインタビューしました。
子どもたちが,いつまでも手を振ってくれていましたね。
今日は私の方が勉強させてもらったかな。あの子たちは,自分で考え,自分の言葉で地域を語った。一生懸命考え,自分なりの役割を考えようとした,あの感じ方や考え方を大事にしたいと思いましたね。あの子たちが,この1年間でどのように成長するかが楽しみです。また来ると約束をしたので,3学期にも来ようかと。子どもたちが手紙をくれると言ってましたから。
■この原稿が書き上がったとき,5年2組の子どもたちから手紙が送られてきました。そこには,障害のある人の「地域の一員として人々に役立つことを考えている」という話に感動したことなど,寺脇先生の授業で習った地域と役割について,今も大切に勉強している様子が生き生きと書かれていました。