

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-05-30 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
皆さんは、大学選びの基準をどこに置いていますか?
偏差値?
それは、はっきり言って全く時代遅れの考えです。先生や親がそう勧めたとしても、従わないほうがいい。たしかに、過去の社会では偏差値で大学を選び、少しでも高偏差値の学校に入れば幸福になる確立が高いと思われていました。でもそれは、現在の段階でさえ破綻をきたしている論理です。高偏差値の大学を出て「一流企業」に勤めても、倒産やリストラの危険にさらされるのはしょっちゅうだし、運良く会社にしがみついて停年退職するまで面倒を見てもらうにしても、仕事に誇りを持って働けるとは限りません。
わたしのような生涯安泰な立場の公務員には、それが実感としてはわかりませんが、民間企業の第一線で働く人なら誰でもわかることです。わたしより安泰な公務員である公立学校の先生に「進路指導」してもらうくらいなら、親戚でも近所の人でもいい。あなたの周囲にいる社会人の意見を聞いてまわるほうが、よほど実のある進路選択ができるでしょう。
現在の段階でさえそうなのだから、皆さんが社会へ出ていく未来には、もっと状況は変化しているでしょう。その未来展望を示してくれるのが、今ベストセラーになっている村上龍「13歳のハローワーク」です。村上さんがこの本を構想している頃に話を聞いて、ぜひ出版してほしいと願っていたのですが、わたしが思っていたよりはるかにすばらしい本ができあがりました。一見すると各種の職業を紹介した本のようですが(もちろん、職業の紹介としてもすぐれているのですが)、最大の価値は、働くことの意味、働く力を身につけるために学ぶことの意味を考えさせてくれるところにあります。
同志社大学で出会った学生たちは、「13歳のハローワーク」がなくても、自身で働くこと学ぶことの意味を発見していました。このごろ出会う学生たち、大学は東大、東北大、日大、同志社、同志社女子、橘女子、立命館、関西学院、九州共立女子…
さまざまな学校ですが、どの大学にも少数の未来を見つめる学生はいます。東大にはたくさんいて、偏差値がそれほどでもない大学には少ししかいない、などという偏差値との相関関係は、わたしの知る限り全くありません。つまり、どこの大学で学ぶかではなしに、その大学でどういう学生生活を送るのかが、何よりたいせつな問題なのです。
東大に入りさえすれば人生の勝者?
それはいつの時代の話?
という感じです。