

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-03-10 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
何を隠そう、わたしは大の沖縄ファンです。
沖縄の気候(あのカーッと熱いところ)が好き、風土が好き、人が好き、食べ物が好き…
と、ベタぼれ状態です。しょっちゅうでも行きたいところなのですが、仕事に追われてその願いはなかなか叶わない。仕方がないのでせめて東京にも増えた沖縄料理の店へ出かけ、ゴーヤチャンプルーやタコライス、トウフヨウなどを味わい泡盛を飲むことでまぎらわしている状態です。
その沖縄へ、2月の末、1年半ぶりに行くことができました。具志川地区のPTAの皆さんが、研修会の講師に招いてくださったのです。前の仕事、次の仕事の都合で20時間ほどしか滞在できませんでしたが、それでも一泊できたのだから満足しなければなりません。日帰りしなければならないこともあるのですから。
同時多発テロの影響で観光客激減と聞き、心配していたのですが、最近はすっかり回復しむしろテロ以前よりにぎわっているそうで、安心しました。修学旅行はまだ落ち込んでいるようですが、大人の客がドラマ『ちゅらさん』の島にあこがれて「癒しの旅」に来るのが大流行らしい。あのドラマが人気を呼んだのは、日本の大人たちに、家族や地域社会のつながりのすばらしさを思い出させたからだと思います。
沖縄の人々が言うには、あのドラマ以来、本土の人たちから「沖縄の家族や地域はホントにあんなふうに暖かいの?
ドラマの作り事じゃないの?」と聞かれるそうです。「なんでそう思うかねぇ、わたしたちの生活はあの通りなのにサァ」と笑っていました。
若い皆さんは知らないだろうけれど、実は3、40年前までは日本中どこにでも『ちゅらさん』のような家族があり、皆で共に喜んだり悲しんだりし合う地域のつながりがあったのです。それを「うざったい」と思って逃げたのが、恥ずかしながらわれわれの世代なのです。
30年余り前、大学進学のため上京するわたしは、うるさい親から逃れて一人暮らしができることと隣近所を気にしなくていい都会生活にうきうきしていました。われわれ世代は大なり小なり、家族や地域社会から離れたい願望を持っていたと思います。そのくせ今、『ちゅらさん』っていいなぁとあこがれているんだから勝手といえば勝手。でも、その思いの変化について、もう少し語らせてください。