

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-02-24 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
大学時代の話を続けましょう。 わたしの大学生活は、大きく二つの時期に分けられます。最初の2年と後の2年。前半は、まあ普通の大学生に近い毎日だったと言えるでしょう。語学とか体育とかを含めた、昔のいわゆる一般教養科目を学ぶ期間でしたから、出席をきちんととる授業が多いこともあり、毎朝ちゃんと学校へ通っていました。授業が終わるとクラスメートや他大学へ行っている高校時代の友人などと麻雀をするのが、日課のような余暇時間の過ごし方でした。本を読んだり映画を観たりはひとりの時間でしたが、他人とつきあう時間も決して少なくなかった。
それが後半になると、ひとりの時間の比率が圧倒的に多くなりました。広く浅くいろんな人とつきあうよりも、自分ひとりで世の中のあれこれを考えてみようという気持がつのってきたからです。普通に授業に出て、普通に人づきあいをして…という大学生活に日々流されていると、本来自分が大学時代に得たいと思っていただけのものを得られずにズルズルと終わってしまいそうな気がして焦りました。幸か不幸か、3年になって法学部政治コースという自ら選んだ専門分野へ進むと出席をとる授業も全くなくなり、どう生活するかを縛るものがなくなったこともありました。
学校へはほとんど行かない。何百人も入る大教室で後方の席からだと豆粒のように見える先生の話(しかも、講義録と大差ない)を聞くくらいなら自分で勉強の種を探した方がいいという生意気な考え方になってしまっていました。週に一回、ゼミナールの日だけ、それも授業時間帯は夕方なので午後遅くから登校するだけの生活です。
起きるのは毎日お昼過ぎ。六畳一間の間借り暮らしですから、風呂はもちろん台所もない。まずは外出して食事をしなければ始まらず、その後は映画館や劇場へ。映画を観たり芝居、落語などを覗く。学費や部屋代は親から出してもらっていましたが、映画などの費用を稼ぐために家庭教師のアルバイト。これらを終えて夕食をすませ帰宅すると、ひとりで部屋に籠もる時間帯です。本を読み、映画評など自分の考えを文章に書く。そうしているうちに夜が明け、世間では一日が始まる朝7時か8時頃、床に就くのです。