

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-02-17 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
さて、前回「大学は自分が行きたくて行ってるはずなんだからちゃんと勉強しろよと言いたく」なったわたしですが、お前の大学時代はどうだったんだよ、との当然入るツッコミに答えなければならないでしょう。
うーん、勉強したといえばそうだし、しなかったといえばそうかもしれない。というのは、講義への出席とか、定期試験でいい成績をとるための勉強という意味では、全くひどいものだった。1、2年生の頃は、厳しく出席をとる授業が多かったのでそれなりに学校へ行っていましたが、3年になって専門課程に進むとあまり行かなくなってしまった。
当然、成績はよくない。1、2年の頃の成績表はどこかへなくしてしまったので調べられませんが、3、4年の方は残っているので見てみると惨憺たるものです。優、良上、良、可、不可の5段階評価なのですが、40近い科目の中で、優はゼロ、良上が3つか4つで良が10前後、あとはみんな可です。数字の5段階でいえば5はなし。4がわずかにあって3もわずか、ほとんどは2という通信簿のようなもんですね。わたしの出た大学の場合1に当たる「不可」は表示しないで空欄にしてくれることになっているので、実質的にはもっと悪い成績ということになるでしょう(ここだけの話ですが、就職のため当時の文部省へ提出した成績証明書の写しをこっそり見た人事課の女子職員から「寺脇さんってホントにひどい成績だったのね」と呆れられたことがあります)。
じゃあ勉強してないじゃないか、と言われるでしょうが、自分としては学んだつもりもあります。というのは、講義に出なかったかわりに本を読みまくっていた。週に数冊の本を読んでいたことが、当時の読書メモでわかります。また、このあいだ書いたように映画を観ることも広い意味での勉強だと思っていたし、本や映画から考えさせられたことについて友人たちと時間を忘れて激しく議論していたのも勉強のように思います。
学校でも、教授が教室で講義する時間には出席しなかったけれど、ゼミナールといって教授を囲んで学生たちが議論する形式の講座には人よりはるかにたくさん参加していました。そこで議論したり、教授の突っ込んだ話をお聞きしたり、あるいは課題のレポートや論文をまとめる時間は、とても濃密な勉強だったと言いたい。
要は、自分が何を勉強と感じるかの話です。