

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-02-03 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
女子少年院で、いちばん心うたれたのは、授業を見せてもらった場面です。中学2年、3年生に当たる子たちが、国語の勉強をしていました。ここでも、全員の顔が明るいのに驚かされました。だって「授業中」ですよ。「全員」ですよ。一般の中学校だったら、まず考えにくい状況です。しかも、施設の側から受けた説明だと、ほとんどの子がこれまで勉強は大の苦手であり入所データとしてとるIQの数値も極めて低い(これはもともと劣っているという意味ではなくて学習する環境や習慣に恵まれなかったと読みとるべき)のだといいます。一般的に言えば、そうした子は授業が楽しいとは感じにくい。
にもかかわらず、国語を学ぶ態度はいかにも楽しそうなのです。「勉強は楽しい?」と訊いてみました。「楽しい!」と全員。「何がいちばん好き?」。わたしの真ん前に座っていた子が「数学!」。数学?
びっくりしました。「数学がいちばん好きな人、ほかにもいますか?」に、20人くらいの中で数人の手が挙がります。ふーん。「元の中学校にいたときからそうだったの?」と言った瞬間、全員が首を横に振りました。
ここへ来て初めて、勉強が、数学が好きになったというのです。理由は、大きく言って二つ。第一に、ここではすべての子がわかる授業をしてくれる。なんだかわからないままに授業が進んでいくなんていうことはない。ひとりひとりを相手にして、わかるまで先生がつきあってくれるのです。なにしろ宿舎にも先生が一緒に泊まっているのだから、いつでも教えてもらうことができます。
そしてもうひとつは、ここでの学習が教室でのものだけに終わるのでなく、職場体験や勤労作業をはじめとするさまざまな生活実体験と結びついて行われる点にあります。そのことで、教室で勉強する内容が、自分たちがこれから生きていく現実の生活と密接に結びついているのを知るわけです。テストのための点数のためでなく、社会へ出て自立した人間として暮らしていくために必要な知識であり技術であると実感すれば、勉強は無味乾燥なものではなく自分のために欠かせないもの、そして自分を豊かにしてくれる面白いもの、と認識できるのでしょう。