

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2002-01-27 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
女子少年院の中を見てまわって感じたのは、なにより、そこにいる少女たちの表情が明るいことです。庭や校舎の掃除をしている子、調理室で食事の用意を手伝っている子、それぞれがにこやかにあいさつしてくれます。
もちろん、そうするべきと教育されているからでもあるでしょう。しかし、それだけじゃない。だって、もしそうなら普通の中学校だって同じにできるはず。 わたしはいろんな中学校へ行きますが、ここほどすべての子が明るい顔をしているところにはお目にかかった経験がありません。
それはおそらく、彼女たちが、ここでは絶対的な善意や愛情に囲まれているからなのです。職員は皆、少女たちが非行を犯す状態から更生し、自立して生きる人間になれるようにと願い接しています。周囲の大人が、冷ややかに見たり、ましてどうせダメな子だと見放したりするのでなく、真剣に向き合ってくれれば、子どもの表情はこんなに画期的に変わるのだなあと痛感しました。
裏を返せば、これまで15年近くもそんな大人のまなざしに出会うことがなかったわけで、そう思うと胸が痛みます。なにしろ、親までもが愛情を注いでいないケースが大半だといいます。性的なことや暴力による虐待を受けていたりするのも珍しくなく、そうでなくても「お前なんか生まれてこなければよかった」とか「どうせお前はダメなんだ」とか決めつけられている。そんなふうに家庭で疎外され、非行に走ることで地域社会からも白い眼で見られ、学校でも邪魔者扱いされていたのでは、明るい顔なんかできるわけがありません。
子どもには、その存在を無条件で認めてやれる居場所が必要不可欠なのだと、改めて思います。本来は家庭がその場であるはず。それがダメでも地域社会のおじさん、おばさんが相手になってなってやっていい。学校はそもそも、そうした役目を果たすのには合っていない面があります。『三年B組金八先生』では先生が活躍してくれるけれども、それも、地域の大人たちの協力あってこそだし、金八先生は教師としてだけでなくひとりのおじさんとして子どもたちに対していると言っていいでしょう。