

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2001-12-30 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
アメリカ映画は、世界へ向けて作られています。これが日本映画だと、基本的には日本国内を相手にしている。その点は中国映画も韓国映画も、あるいはフランス映画でさえ同じでしょう。アメリカ映画は、英語という世界共通語を使ったものであるだけでなく、アメリカ文化という世界のどこでも知られ、あこがれられ、商業化されているものの上に立脚していますから、相手は常に全世界なのです。
そのこと自体はすばらしいのだけれども、注意しなければならないのは、そこに描かれているのはあくまでアメリカ文化であって世界のスタンダードではないのだという点です。アメリカ文化を知ることはたいせつですが、それは世界共通文化ではない。たとえば、アメリカ映画のいわゆるスラプスティック・コメディ。パイを投げ合ったり家の中をめちゃめちゃに壊したりする笑いは、ダイナミックだし誰にでもわかりやすくて親しまれるのは当然でしょうが、それ以外にも、フランスのエスプリと呼ばれる知的な笑いとか、日本の落語などの想像力をかきたてる笑いとかもあるわけです。
ジェット旅客機が高層ビルに激突する、なんていうのも、アメリカ映画にしか出てこないイメージでしょう。それが「アメリカ映画で見た」でなく「映画で見た」とイコールになってしまうとなると、ちょっと待った!をかけたくなるのです。
こんなことに目くじらを立てるのも、映画は文化を体感するためには最も有効な手段のひとつだと思うからです。だからこそ、映画=アメリカ映画みたいになってしまうのでなく、さまざまな国の映画を見てさまざまな国の文化を知ることこそたいせつだと思います。
ちょうど来年2002年は韓国とのワールドカップ共同開催に合わせた日韓交流年であると同時に、中国との国交回復三十周年を記念する日中交流年でもあります。韓国映画や中国映画を観るチャンスが、きっとたくさんあると思いますから、皆さんもぜひ、隣の国々の文化に対する理解を深めてください。
わたしも、最近は日本映画だけでなく韓国の映画をよく観るようになりました。来年はさらに、中国映画に触れてみたいと考えています。
よいお年を。