

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2001-09-09 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
先週ご紹介した湯布院映画祭は、行政が主催しているのでもなければ民間営利ベースで事業化されているのでもありません。日本映画が大好きな大分の若者たち(26年たった今では「元・若者」)が、自分たちだけの力でスタートさせ、今日までやり続けているのです。
無名の地方の若者たちが、自力で資金を貯め、若い頃映画界で働いていた湯布院温泉・亀の井別荘主人=中谷健太郎さんの力を借りながら第一線の映画人たちと交渉し、少しずつ規模を大きくしていきました。ある年など多額の赤字を出して、実行委員皆が肉体労働で稼いで穴を埋めたこともあるそうです。
ともあれ、行政や企業の力をほとんど借りずに、若者たちだけの手でこれほどの映画祭へと育て上げた。昔のことだからインターネットもコンピュータも使わずに、まさに手づくりの作業です。それでも、これだけやれた。どうせ自分たちには無理…とあきらめなかったのが成功の原動力だと思います。
日本映画が観たい。映画人と直接交流したい。——そう考える人は少なくないかもしれません。でも、自ら立ち上がらない限り湯布院映画祭は生まれなかった。育たなかった。他人がやってくれるのを待つのではなく自分でやろうとする思いが、日本映画界全体を動かしたのです。
今はすっかりオジサンになった「元・若者」たちは、わたしの尊敬する友人です。少しでも彼らと一緒に何かができたとしたら、それはわたしにとっての誇りと言えます。「すばらしい仲間」は、われわれ50歳前後の年代にだっているのです。
ただし、オジサンはオジサン。最近の映画祭では太めの腹をかかえて息をきらせたり、呑んだくれて倒れたり、わたしも含めてだらしない。そこをカバーしているのは毎年ふえていく10代、20代の若い実行委員たちです。特に女性たちの元気がいい。実質的に動きまわっているのは、むしろ若者たち。映画祭の最終日を迎えてやっと手が空いた彼らと打ち上げの席で朝まで議論するのは、私の新しい楽しみです。
若い実行委員たちは、このコラムを読んでくれているようで、「Mammo.tvで映画祭のこと紹介してくださいよ」との声もありました。興味をもった人は http://www.d-b.ne.jp/yufuin-c/ まで。