

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2001-06-17 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
8日に起こった大阪教育大学附属池田小学校の事件、なんともいたましい限りです。無抵抗の小学校1、2年生を殺傷するなど、言語道断。日本中に怒りの声があがっているのは当然のことでしょう。
ただ、われわれ教育行政に責任を持つプロとしては、怒りの声に同調しているだけではすまされません。二度とこうしたことが起こらないようにするにはどうしたらいいか、真剣に考えているところです。
精神を病んでいて他人に危害を加えた人の処遇問題は、厚生労働省や法務省の担当であり、また国民全体での冷静で根本的な議論が必要だと思います。言えることは、わたしたちの社会が、事件を引き起こす可能性が完全にぬぐい去られてはいない人をも、閉じこめずに社会の中で共生するやり方を選択しているということです。人間を尊重するという点ではいいことなのですが、一方で危険性を伴うことでもある。それをどう考えるか、人任せでなくひとりひとりが自分の意思を持つべきではないでしょうか。
文部科学省がはっきりさせるべきは、学校の在り方の問題です。安全管理にこれまで以上に力を注がなければならないのは当然ですが、「学校を閉ざせ」という意見にはきちんと反論していかなければなりません。あまり多くの人が言っているわけではなく、主に、古株の教育学者から出ている意見ですが、校門にはすべて鍵をかけろ、教室にも鍵をかけろ、なんていうのはいくらなんでも短絡的すぎます。
むしろ、先生方任せでなしに、親や地域の住民がしょっちゅう学校へ出入りできる環境をつくるほうがいいのではないでしょうか。これを「開かれた学校」というのです。もちろん、パトロールのためだけに学校へ来るのではなく、社会人としての経験を生かして教壇に立って体験談を語ったり、先生のアシスタント役を買って出たりして子どもたちの学習を手助けする役目を果たす場合もあっていい。また、大人たちも学校でコンピュータを習ったり自分たちの「クラブ活動」をしたりしてもいい。
学校にどんなふうに鍵をかけるか、とか、門を閉めるの塀を高くするのとかの議論をするよりは、地域社会の公共空間としての学校の安全をどう守るか地域住民全体で考えるという方向で、改善策を考えたいものです。