

京都造形芸術大学教授。映画評論家。NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター。「『子どものため』は大人の身勝手。子どもは人質ではない。いますぐできる『学校を楽しくする方法』を教えます」と、文部官僚時代より教育問題に刺激的・積極的に発言する。2006年11月文部科学省を退職。
2001-04-29 号
寺脇 研(NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター)
前回に続いて、ワイドショー「スーパーモーニング」に出たときの話。
こうした番組に出るたびに思うのですが、制作者側は「現場」代表として教師を出演させたがるんですね。それ自体は悪くないんだけど、学校の先生ほど自分の体験を客観化して、あるいは一般化して語ることの下手な人たちもいないんじゃないか、と思ってしまうくらい皆議論下手なんだなあ。「あなたは現場を知っているのか?」とすぐに口にする裏には、自分は知っているんだから常にあなたより正しい、という意識が見え透く。「そんならあなたが現実に学校で教えてみるといい」に至っては子どもの喧嘩レベル。それぞれの立場から問題を議論し、互いの見方を尊重し合ってこそ、実りある議論になると思うのですが。
この日にコメンテーターとして電話出演したベテラン高校教師(「教育業界」の中ではそれなりに評価が高い人らしい)もひどかった。まず、言葉遣い。みんなが「…です」とか「…します」とかていねいな口調で議論しているところへ割り込んできて、「…なんだよね」といった高圧的でぞんざいな物言いなのです。それだけで相手を不快にさせてしまう。議論下手の証拠です。また、けっこうこういう人に限って「近頃の高校生の言葉遣いときたら…」なんて言うんだよね。
それより驚いたのは発言内容。要すれば、今の高校生はひどい、生徒からなめられないためには体罰で押さえ込むしかない、と堂々主張なさるのです。「なめられる」という言葉やなめるのなめられるのという考え方もひどいけれど、「学校教育法」という法律で禁止されている体罰を平気で肯定する姿勢にはあきれました。テレビは公の発言場所です。実名出演でなく匿名の「A先生」だったからかもしれませんが、公立高校の教師がしていい発言ではありません。
わたしや藤井さんがそのことを指摘すると、「法律?
法律なんて人間の作ったものじゃないか」ですって。あ然、ぼう然です。コメントしていいどころか、この人こそ問題教師じゃないですか。法律を守らないと公言する教師(=公務員)のいる学校は、無法地帯と同じです。最近の子どもは異常だと決めつけて「学校崩壊」とか「教育崩壊」とか言いたがる人たちがいますが、こんな教師のいる学校こそ崩壊状態です。「教師改革」に本腰を入れて取り組まなければならないと痛感しました。