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      <title>コラム</title>
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      <description></description>
      <language>en</language>
      <copyright>Copyright 2010</copyright>
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         <title>#455 「リーダーシップ」終刊？</title>
         <description>このコラムで何度も紹介してきた月刊誌「リーダーシップ」。農業高校の生徒たちが加入する日本学校農業クラブ連盟の機関誌です。わたしは、文部省（当時）で職業教育課長として農業高校を担当することになった1992年からの付き合いになります。

毎月読むのを楽しみにしてきました。ところがどうやら、少なくとも現在の形での刊行は終わるらしいのです。4月以降どんな形で農業クラブの活動を紹介するメディアが用意されるのかはわかりませんが、例年年度末号になる2・3月合併号は、まるで終刊号のように編集されています。

昨年の2・3月号については#402でご紹介しました。今年も同様に就農を予定する卒業生たちの「農業後継者宣言!」が掲載されています。その数、全国で464名。ひとりひとりが、将来の夢を語ってくれているのは例年通りです。宣言として、元気のいい「ひとこと」が読んでいて実に楽しい。

今年いちばんウケたのは、鹿児島県立加世田常潤高校・桑原圭佑さんの「うちの菊をお葬式に飾れば間違いない!」というひとことでした。彼の家は1,72haの菊作り農家、農業大学校でさらに学んだ後、家で経営者として頑張っている10年後を思い描いているようです。しっかりね。

終刊号のような雰囲気を作るのは、21歳から61歳まで男女25人の農業高校卒業者が書いた「&quot;17歳の自分へ&quot;の手紙」という特集です。現在の写真と高校時代の写真が並んで掲載され、時の経過を感じさせます。皆さんが農業高校で高校生活を送ったのは1960年代から2000年代まで幅広い時期です。でも、その時代の自分へ向けて書く手紙を読むと、どれも、いい高校生活だったんだな、と感じさせられます。

ここには、60年代から00年代まで40年にわたる農業高校の歴史も反映されています。胸が痛むのは、偏差値輪切りによる高校進学が行われ農業高校が最も低く見られていた80年代のエピソードです。85年に長野県立南安曇農業高校を卒業した今溝秀雄さんは、入りたくて懸命に勉強して受けた大学の入試面接で面接官から「うちでは農業高校生はとらないのになぜ受けに来た」と心ない言葉を浴びせられ、不合格の通知に悔し泣きした日のことを書いています。

浪人して別の大学を卒業し、現在は長野県立更級農業高校の先生をしている今溝さんですが、その悔しい気持はよくわかります。その後93年に偏差値輪切りの追放、そして大学側の農業高校に対する偏見打破ができた結果、その後はこんなひどい扱いはなくなりつつあります。

偏差値輪切り追放や偏見打破の仕事をしてきた者として、うれしいことではありますが、その前の生徒たちに悔しい思いをさせたことを申し訳なく思います。</description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100314.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 14 Mar 2010 00:21:15 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#326 ニューヨーク、アイラブユー</title>
         <description><![CDATA[パリを舞台に複数の監督が短編を撮った
『パリ、ジュテーム』(06)という映画があったけれど、
こちらは、そのニューヨーク版といってもいいだろう。
同じくエマニュエル・ベンビイというプロデューサーが製作している。

どちらも、パリとニューヨークという、
ひとの数だけ様々な表情を見せる大都市を舞台に、
世界各国の監督たちが、広い意味でのいろいろな愛の物語を描いている。

けれど、大きく異なる点があって、
それは、パリとニューヨーク、ふたつの都市の違いでもある。

ひとつひとつのエピソードが
個として際立っている『パリ、ジュテーム』に対し、
『ニューヨーク、アイラブユー』は、
ニューヨークという土地に根差して
ひとつひとつのエピソードが切れ目なく続いていく。

それは、１本の作品を複数の監督が共作したという風情で、
何がやってきても、大きく受容してしまう、
ニューヨークという街の混沌（カオス）とぴったり重なる。

ひとつひとつのエピソードが、
ニューヨークのさまざまな地域を舞台にしていて、
人種も異なる、いろいろな年代、性別のひとたちの生活が、
この街のあらゆるところで息づいている。

それぞれのエピソードがパズルのようにはめこまれ、
ひとつの街が浮かび上がってくる。
ああ、ニューヨークだなと思う。

<img alt="ニューヨーク、アイラブユー" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_326_1.jpg" width="400" height="257" />

そんな風に、複数の監督が撮りながらも、
個々の作品がニューヨークの一断片を表し、
この街にしっかりと根をおろしながら、
１本の作品のように見えるのには、
プロデューサーサイドの巧い仕掛けがある。

この企画に参加した、
世界の監督たち11人に出された課題は、

●	視覚的にニューヨークと特定できること
●	広い意味での愛の出会いが描かれていること
●	ストーリーの終わりや始まりに「徐々に暗転」を用いないこと

だったという。
特にこの3番目の、
暗転を用いないことによって、
ひとつひとつのエピソードが同じ背の高さで繋がって、

作品と作品の間に挟まれる
ニューヨークの日常スケッチの映像がのりしろになって、
この街のいろいろな場所で起きている
人間模様を描いた1本の作品に見えるのだ。

繋ぎ方で「ニューヨーク」が浮かび上がってくる、
見事なマジックにわくわくした。

<img alt="ニューヨーク、アイラブユー" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_326_2.jpg" width="400" height="268" />

ひとつひとつのエピソードも気が利いていて、
監督たちが楽しみながら撮ったのが伝わってくる。

冒頭は、『鬼が来た！』(00)というスゴイ映画を撮った
中国のチアン・ウェン監督のエピソード。

出演しているのは、
『スターウォーズ』のシリーズ２～３で、ダースベイダーになるまえのアナキン役を演じたヘイデン・クリステンセン、
そして、『ゴッドファーザー PARTⅢ』(90)のアンディ・ガルシア。

うまい役者たちが、余裕たっぷりに
楽しんで演じているのも、こういった短編企画の贅沢なところ。

このエピソード、
二人の男の「職業」をキーに、
鮮やかなトリックが仕掛けられている。

小気味よいリズムで、
短い間に多くの妙がちりばめれた、
洒落たラブストーリーになっている。

洒落たラブストーリーといえば、
自らも役者であり、
シャルロット・ゲンズブールの夫でもある
イヴァン・アタルの作品も、鮮やか。

『恋人たちの距離＜ディスタンス＞』(95)のイーサン・ホークと、
『ダイ・ハード4.0』(07)のアクションも鮮やかだった女優、マギー・Qが演じるのは、レストランの前で、ナンパをする男とされる女。

どう考えてもセクハラな、次々に発される男の言葉を、
余裕の笑みを浮かべながら、聞き流している女。

彼女の表情がキーで、
一体どんなオチがあるのだろう？と思って見ていると、
鮮やかにおとしてくれる。こういうのも、短編の妙！

<img alt="ニューヨーク、アイラブユー" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_326_3.jpg" width="400" height="267" />

『エリザベス』(98)を撮った
シェカール・カプールのエピソードも美しい。

白く研ぎ澄まされた空気のなかで描かれる、
このストーリーは、

5番街のホテルの一室を舞台に、
かつてオペラ歌手だった婦人と
若いホテルマンが織りなす物語。

脚本は『イングリッシュ・ペイシェント』(96)を手がけた、
いまは亡きアンソニー・ミンゲラ監督によって書かれたもので、
ミンゲラ監督が病に倒れた後、
カプール監督に映画化を託された作品なのだという。

ニューヨークの現代的なトーンとは
一線を画した、
情緒と気品にあふれた世界。

ふたりの監督の紡ぎだす「美」が重なって、
一瞬にして、映画のムードを変えてしまうのも面白い。

<img alt="ニューヨーク、アイラブユー" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_326_4.jpg" width="400" height="267" />

そして、台湾の女優、
スー・チーが出演している画家のエピソードも印象的だ。

スー・チーがスクリーンに映ると、
そこに物語が生まれる。
何も言わずにただ黙ってそこにいるだけなのに。

女優、だなぁと思う。

それぞれのいずまいで魅力を発する女優が見られるのも、
短編を集めた映画の楽しみなところ。

<img alt="ニューヨーク、アイラブユー" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_326_5.jpg" width="400" height="267" />

この映画を見て、好きなエピソードがあったら、
その監督の映画を見てみると、面白いと思う。

短いエピソードのなかに、
その監督が美しいと感じる世界観が
きもちよく凝縮されているから。

日本からは、
岩井俊二監督が参加している。

キャストも日本人ではないし、
ことばも英語だけれど、
どの作品が岩井監督の作品か、言われなくても、
あ、これかな？とわかるんじゃないかと思う。

それも、この映画のすてきなところ。
誰がどの映画を撮ったのか、最後の最後でわかる仕組み。
気が利いている。

公開中。
公式サイト：<a href="http://www.ny-love.jp/" target="_blank">http://www.ny-love.jp/</a>]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100311.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">多賀谷 浩子（フリーランス・ライター）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 11 Mar 2010 03:02:59 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#454 高校授業料無償化と学習権</title>
         <description>高校生の皆さんは、4月から高校授業料無償化が始まるのを知っていますか?

これは、「コンクリートから人へ」をスローガンにした鳩山政権の目玉政策です。ダムや高速道路建設といったコンクリートを使った公共事業に税金を使うのでなく、子育て、教育、福祉、医療、介護など人間に関することに使うようにしていこうという大きな方針転換と言ってもいいでしょう。

子ども手当は大きな話題になってきたので、皆さんもご存知でしょう。15歳までの子どもを持つ親に、毎月子ども1人当たり1万3千円を給付する制度です。中学生くらいになると給付額を自分のお小遣いにしたいと思うかもしれませんが、これはあくまで親が子どものために使うことを前提にしています。

親の皆さんには、自分たちのためでなく子どものために使うようお願いしていますが、子どものためにどう使うかは親の知恵や愛情の見せどころでしょう。無条件にお小遣いにはしてくれなくても、本代、映画代、コンサートやお芝居の料金、スポーツをやったり見たりするための費用、旅行や自然活動などの体験にかかる費用…　さまざまな使途が考えられます。また、親と子がそれらを一緒になって考えるのもいいでしょう。

さて、高校生の授業料無償化は次のような仕組みによって行われます。国公立高校の場合は授業料を徴収しません。私立高校の場合は全額免除ではないものの親の収入に応じて親に対し毎月1万円から2万円の修学支援金を給付することで負担軽減されることになっています。これは、高校生だけでなく高校相当の各種学校生徒にも適用されます。

ここで注意してほしいのは、誰の授業料が無償になるのかという点です。そう、高校あるいは各種学校の生徒である皆さんの授業料ですよね。つまり、皆さんが高校や各種学校で学ぶ権利（これを「学習権」と言います）を保障するための政策なのです。

子ども手当は、子育てをする親に対して税金が支出され、使途も親に任されます。しかし、高校授業料無償化に支出される税金は生徒の皆さんが学校で学習するためにしか使われません。これは、生徒に学習権を保障する制度です。

だからこそ、通学する学校が高校か各種学校か、日本の学校か外国人学校や民族学校と呼ばれる外国の民族教育を行う学校かは関係ありません。日本に住みこの社会の中で育っていくすべての子どもたちに、高校相当の学習をする権利を認めようというのです。

ところが実施の直前になって、朝鮮学校生徒をどう扱うかについて、政治も世論も揺れています。朝鮮学校が北朝鮮の民族教育を行っているからです。北朝鮮と日本には国交があるません。両国間には拉致や核の問題など多数の深刻な課題が横たわっています。それが韓国、中国、ブラジルなど他の民族学校とは事情が異なるところです。朝鮮学校の生徒だけを除外せよと主張する反対派の論拠はここにあります。

この反対論が筋違いだというのは、誰が何をする権利を保障した制度なのかを落ち着いて考えればわかるはずです。学校が自校独自の教育理念に基づいた教育をするのを応援する制度ではなく、すべての生徒が自分の選んだ学校で自発的に学習することを応援する制度なのですから。</description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100306.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 06 Mar 2010 23:45:13 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#183 適　切　な　世　界　の　適　切　な　ら　ざ　る　私　、　に　つ　い　て</title>
         <description>もう先月のことになってしまうのだけれど、一流詩人の登竜門というか、詩壇の芥川賞とでもいうか、若い詩人ならみんな憧れる「中原中也賞」という賞を、文月悠光さんという札幌の女子高生が受賞した。十八歳か。ほんとに若いなあ。でも、もっとびっくりするのは、この詩集が十四歳から十七歳にかけて書かれたということだ。いや、それはびっくりすることじゃないかもしれない。十四歳で、時に、人は、叡知に似たものを一挙に掴んでしまうことがあるからだ。

詩集のタイトルは『適切な世界の適切ならざる私』。なんてうまい言い回しなんだろう。回りの世界は、なにごとも問題なく、というか、問題があってもそれを当然の如く含みつつ、粛々と進んでゆくのに、自分は、どうもその世界のありさまについていけない、ということを、このタイトルはいっているようだ。だとするなら、これは、文学とか詩とか芸術とか思想とか、とにかくそういうものに触れた人間が、誰でも持つ、普遍的な感想にちがいない。

        「靴がない！
        　私は嬉々となって走り出して。
        （先生、わたしの靴はどこですか）
        　ひそやかに唱える。
        　唱えたそばから
        　思わず笑みをこぼしてしまったので、
        　慌てて口を結ぶと
        　カラカラと赤いランドセルが鳴いた」

と始まる「うしなったつま先」は、「新米教師は生徒を疑わない。ただ、『朝はあったのでしょう？』とつぶやくように問いかける」と続くし、

        「『干さないくせに回すなんて』
        　とぼやく母を尻目に、
        　私はまだぬくもりの残る制服たちを
        　水の中へ沈める。」

で始まる「洗濯日和」は、たんたんと洗濯される制服を描写して、

        「ふたを持ち上げ、のぞきこむと
        　制服たちは互いに腕をからませ、寄り添っていた。
        　ようやく胸をなでおろす。
        　つられて涙も落ちる。
        　驚き慌てた私はつい、
        『干しますったら……』
        　と今さら天井に向かって
        　声をふりしぼってみるのだった。」

と終わる。

女子高生の日常が、きわめて繊細な描かれたこれらの詩を読んでいると、ぼくは、綿矢りさが詩を書いていたら、こういうものじゃなかったろうか、と思ったりした。というか、「黄身を抱く」という詩なんか、川上未映子の『乳と卵』の現代詩版みたいなんだけどね。</description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/genichiro_takahashi/20100306.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">高橋 源一郎（作家）</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 06 Mar 2010 11:47:36 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#393 “シゴト”の方程式</title>
         <description><![CDATA[先日、カフェに突然Tちゃんが現れた。
「実はわたし……仕事やめちゃったんです（苦笑）」
彼女が就職する直前、3年以上前に会ったっきりになっていたTちゃんは、ちょっぴりふくよかになっていた。
聞けば、「仕事のストレスで食べちゃったの（笑）」と。
そんなに辛かったのか、よっぽど耐えに耐えたのかなあと顔を覗き込んで黙っていたら、Tちゃんは堰を切ったように話しだした。

「何が辛かったって……塾生と自由に喋ることも許されていなかったこと。
もちろん喋ってもいいんだけど、喋る時には必ずその生徒さんにどういう交友関係があるのかを聞き出し、彼らが塾に行っているか行っていないか探りを入れ、もし行っていなければ自分の塾に入ってもらうよう、話をうまく持っていくってことを強制されたことかなあ……」
なんだか聞いているこっちの方がちょっと辛くなってしまった。
（……そっかあ……それが彼女の“シゴト”だったのかあ……）
英語の先生になりたかったというTちゃんは、結構な大手チェーンの私塾に、講師として就職した。
「給料はいくらくらいだったの？」
「……手取りで16万」
「何時間くらい働いていたの？」
「夏期講習なんかがある時は、朝7時くらいから夜中の2時くらいまで。それから家に帰って夕飯だから、体調もおかしくなっちゃった」
「……」
あたしも、ジンセイのある時期、ゴハンを食べてトイレへ行ってお風呂に入っている時以外はずっとシゴトのことばかりを考えていた時もなくはなかったけれど、でも眠る時間がほとんどない日が続くってことはなかった。
「朝からずっと、塾に入りませんかっていう営業の電話をかけたりね。多い日は一日に100本」
「生徒さんも一人もやめさせちゃまずいから、その目的のためにとにかく保護者の人に電話をかけて親切にしてつなぎとめるの」
「上司も完全に、塾生をお金のかたまりにしか見ていなかったし」
「もう本当にダメだなって思ったのはね……。自分がいかにも親切なフリをしてやっていることの目的はすべて営業のためだったからね、だから逆に自分がどこかのお店に入って店員さんに声をかけられてもいつも、『ああこれもきっとマニュアルに書いてあるんだ』とか『きっと私のことも金づるにしか見えていないんだ』と思ってしまう自分がいて、周りのいろんなことが信じられなくなっちゃったんだよね」

大変なところにいたんだなあ、頑張ったんだなあと思いながら、なんだかとってもTちゃんの背中をさすってあげたくなるような心境に駆られた。
仕事をしながら『希望はどこにも見えなくなっていた』と言ってたけれど……。「せめて真っ暗闇の中に放り出される前に、その世界を抜け出して良かったよ。うん、本当に良かったよ！」
Tちゃんに精一杯言えたのが、その一言だった。

“シゴト”ってなんなんだろうなあ……。
って、たまによく考える。するとぼんやりとこんな文字が見える。
答え：自分の生活を成立させてくれるもの。
それをもっと解析してみると。
相手ができなくて、こちらができることを、お金という道具を介在させてやってあげる、いややらせて頂く有償ボランティア。
言い方を変えれば。
相手に喜んで頂けることをやって、その代価としてお金を頂き、自分の生活を支えてもらうこと。
それでいくと、シゴトの方程式はこうなる。
【シゴト＝ヒトに喜んでもらう×自分の生活を支えてもらう】
そう、これがきっと、原理原則。

だけれど。
モノが売れなくなったり、世の中にお金がまわらなくなったり、社会が豊かになりすぎて需要が少なくなったりすると、その原理原則がずれて奇妙な方向に方程式が歪む。
それが、
【シゴト＝ヒトをこちらの都合のいいように言いくるめる×自分の生活を支えてもらう】
という方程式。
そう、Tちゃんが勤めていた塾のように、本来の需要はないのに、無理矢理マーケットに分け入って、そういうつもりにさせちゃって供給をする、みたいな。
なんだか最近やたらとそっちの方の話が多いような気がするのだけれど、これは気のせいかしら。
お金を払う側も、本当は特に欲しいわけでもないのに、いつのまにか猛烈な営業攻勢に乗せられて、要らないものを買ってしまっている、みたいな。
そこまでいくと、買うモノの実体の質はどうでもよくって、営業の力だけがモノの売れる売れないを左右しているという構造になってくる。
これって、なにかがずれてしまっているって感じる。
もしかしたら。
「シゴトなんてそういうもんだよ」って言う人もいるかもしれない。
「みんなそうやって生活をたてているんだよ」って言う人もいるかもしれない。
だけど。
この方程式はどうも歪みが激し過ぎて、どうもただじゃ済まされない気がしてしまうのだ。

もしかしたら不況ってのは、そんな歪んだ経済構造を是正する自然現象なのかもしれないし。
こっちも、本来の意味での自分にとってのシゴトとはなんだったのかって考えられる、そんなチャンスを与えられているのかもしれないし、なあ……。

「捨てる神あれば、拾う神ありだよ。これは絶対にそう」
いろいろ考えた挙げ句、Tちゃんにそう言った。
「そうだよ、ヒトはそんな穿った世界にばかりに生きてるわけじゃないから！」
語気を強めて、そう言った。
「まあそこまでの管理体制の中でシゴトをするには、手取り16万はきつかったねえ、30万だったらしょうがないとも思えたかもしれないけどねえ……」
そんな現場にたまたま同席していた、就職活動中の大学生のFくんが、ぽろりとこんなことを言った。
「ゼミの先輩でいますよ。外資系の銀行に入って強烈な営業の鬼と化して、30歳までに3億円稼ぐ人。けど必ず途中で、ウツ病で入院するっておまけつきですけどね（苦笑）」
うーん、究極の選択。
つい、自分だったらどうするかなと考えた。
A:年収1000万もらって、ヒトをこちらの都合のいいように言いくるめまくる（笑）シゴトと。
B:年収300万で、ヒトに心から喜んでもらえるシゴトと。
少なくとも一つわかっているのは、ヒトが心から喜んでくれる顔は、あたしをめちゃめちゃシアワセな気分にしてくれるってこと。

もし、シゴトでなにか迷うことがあったら。
『自分がしている“シゴト”で誰かが喜んでくれているかどうかを確かめよう』
そう、そこさえ間違わなければ、必ず自分の生活は、その喜んで下さる人たちが、ささやかでも支えてくれるはず。
原理原則によれば、ね。

いっぱい食べて、いっぱい喋って、Tちゃんはちょっぴり元気になったように見えた。
本当にこの世界は、捨てる神もいるけれど、必ず拾う神だっているんだ。
これは単なる出会いの問題だから、だからきっと、どこかにTちゃんがもうちょっとまっすぐでいられる職場があるはず。
「だからね、しばらく休んだら、またそれを探しに行けばいいじゃん！」

駅のホームを静かに立ち去ったTちゃんの背中には、学生だった3年前よりもちょっぴりオトナの世界を知った重みが漂っていた。

<a href="http://www.mammo.tv/column/c_Shirakawa_394-big.jpg"><img alt="※クリックすると大きく表示されます" src="http://www.mammo.tv/column/c_Shirakawa_394.jpg" width="400" height="282" /></a>
↑Click
トウモロコシ売りの“シゴト”をするジンバブエの少年。彼らもまた、家計を支えるために一生懸命です。]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/yuki_shirakawa/20100305.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">白川 由紀（紀行フォトエッセイスト）</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 05 Mar 2010 01:55:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#325 息もできない</title>
         <description><![CDATA[先週のコラムの後半で
ご紹介した、韓国のヤン・イクチュン監督。

記者会見で撮らせていただいた、
いい笑顔が印象的でしたが、
（未見の方は、こちらをどうぞ→
<a href="http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100225.html" target="_blank">http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100225.html</a>　）
映画『息もできない』の中では、こんな風になります。

<img alt="息もできない" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_325_1.jpg" width="400" height="294" />

この映画でヤン監督が自ら演じているのは、
暴力的なやり方でしか
思いを表すことができない男、サンフン。

いつも両親に対して
「怒りや不安、恐怖や悩み」をもって
生きてきたというヤン監督。

「なんてダメな親父なんだ。
　なんて情けない母親なんだ。
　そう思いながら、
　その両親に影響されつづけている自分は一体なんなんだ。
　こんな気持ちをこれ以上抱えていたくない」（映画プレスより抜粋）

そんな監督自身の抱えていたもやもやが、
この映画のはじまりだといいます。

個人の抱える、どうにもできない、
ごまかしようのない思いから来る、勢いと強さ。
この映画には、それが溢れています。

感情の濃さ、
リアルさが、強烈なのです。
ちょっと忘れられなくなるほど。

そんな強い映画ができたのには、
この映画の撮影スタイルにも理由があります。

多くの場合、映画の撮影では、
そのシーンを撮る前に、
脚本の読み合わせをしたり、リハーサルをしたりしますが、

この映画では、それをしなかったそう。
いちばん最初のテイクで、すべてを出し切るよう、
役者さんたちに伝え、撮影されたといいます。

「映画を撮るときは、いちばん最初のテイクで、
最大限の力を出して、最大限のテンションで
やってほしいと言っているんです。

そのテンションが、場面が必要とするテンションを
オーバーして溢れても、それは削れば済むことです。
でも、足りないときは上げることは難しい」

家族のあいだの
どうにもできない、暴力的な感情。

それが、この映画には
タイトルどおり息もできないほどの
生っぽさ、リアルさで描かれています。

自分ひとりではどうにもできない、
家族の問題。この生々しさは、すごいです。

「やさしい表現をしていては、
自分の中に鬱屈したものを表現できないので、
こういう表現になったのですが、

僕にはこういうことがあるんです。
自分が辛いときは、
部屋を暗くして、暗い歌を聴いた方が慰められる。

または、友人が来てくれた時でも
『辛いだろう。がんばれよ！』と言われるよりも、
自分もこんな風に辛いことがあったと言われる方が
慰められる。そんなところが、僕にはあります。

家族間の暴力を描くというのは、
自分にとっても非常に辛いところがありました。

とても皮肉なことだと思うのですが、
映画の中で行使される暴力というのは、
ああ、こわいと思うものでもありますが、

暴力をふるうひとを憐れに思ったり、
また、暴力をふるったり、ふるわれている人を見て、
逆に自分が、ある意味で慰められるという
非常に皮肉なところもあると思うのです」

<img alt="息もできない" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_325_2.jpg" width="400" height="225" />

この映画で、自分の中にある鬱屈した感情を
すべて出し切ったというヤン監督。

「自分の中に生き難さを抱え込んでいると、
　それが積み重なって腐ってしまう。

　傷口が裂けて膿がでれば、治療をすることもできるけれど、
　抱え込んだままでいたら、悪い方に行ってしまうかもしれない。

　僕の場合は、抱え込んできたものを外に出す回路として
　映画というものがあったんです。

　映画という回路によって
　自分の中に鬱屈していたものを吐き出すことで、
　
これまで自分を恥ずかしいものだと思ってきたけれど、
　自分のことも大切に思っていいのだ、
　自分の言いたいことを自由に話してもいいのだと
　思える自由を得ることができました。

友人たちや自分の両親の世代のひとたちからも、
この映画を見て、そう思えるようになったと
共感の声を多く聞きました。

家族の問題で悩んでいるひとがいたら、
この映画を見て、何らかの光を見出していただけたら、うれしいです」

ヤン監督が家族に対して持っていた
わだかまりが吐き出されているというこの映画には、

1975年生まれのヤン監督の目に幼い頃から映ってきた、
韓国の父、韓国の母、そして韓国の家族が抱えてきた痛みの
一断片が、あぶりだされています。

「ロッテルダム映画祭に呼んでいただいた時に、
『韓国の家族を描いた映画が
　　外国で評価されるのが、不思議だ』と言ったんです。

そうしたら、観客の方から
『家族というのは全世界に共通するテーマ。
　　私たち皆が感じることができる』と言われました。

　どの国にもいろいろな問題があると思います。
　そして、その問題の多くは、
『家族』から始まっているのではないでしょうか。
　
そして、その『家族』に困難を与えるものは、
社会なのではないかと思います。

　家族のひとりひとりをがんじがらめにするのも、社会。
　『そういうしがらみから脱却していこう』というのが、
　この映画を作った私のきもちでもありました」

行き場のないほどに
息もできない環境でなんとか日々を過ごす主人公サンフン。
そして、そんなサンフンと出会った女子高生のヨニ。

名前のつけられない絆で
しだいに心と心がつながっていくふたり。
それは、息苦しさのなかにじんわりと滲むひかりのよう―。

<img alt="息もできない" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_325_3.jpg" width="400" height="225" />

この映画が各国で評価された今、
今後の展望を尋ねられると……

「このあとに何かしたいかといえば、
映画に対する欲求はないので、

お酒を飲んだり運動をしたり恋をしたり…
やりたいことはすべて映画以外のことで、

この映画に自分の全勢力を注ぎましたので、
当分はゆっくりしたいと思っています」

映画監督として、面白い映画を撮ろう、
という考えのもとに作られた、というよりも、

自分自身が生きていくために、
抱えてきたもやもやを越えて前に進むために
撮られた、そういう勢いと迫力をもったこの作品。
繰り返すようですが、この生々しさは、すごいです。

3月20日より公開。
公式サイト：<a href="http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/" target="_blank">http://www.bitters.co.jp/ikimodekinai/</a>]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100304.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">多賀谷 浩子（フリーランス・ライター）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 04 Mar 2010 02:36:03 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#453 映画館無料パス</title>
         <description><![CDATA[映画祭とは、単に映画を上映してそれを見せるだけの場ではなく、映画についての議論を深める場でもあります。

先週末2月19日から21日まで開かれた第19回あきた十文字映画祭（詳しくはホームページ　<a href="http://www.akita-jcf.net/" target="_blank">http://www.akita-jcf.net/</a>　にて）へ行ってきました。1992年の第2回から毎年出かけています。

その場で、日本映画界の若いプロデューサー久保田傑さんと、いろいろ問題を抱える日本映画の現状をどうやって変えるかの議論をしました。ひとつの課題は、映画館で映画を観る観客を増やすこと。観客が少なくては、いくらいい作品を作っても成り立ちませんからね。

そこで久保田さんが出したアイデアに、わたしはすっかり賛同してしまいました。14歳の1年間、すべての映画を無料で観ることができるようにするというのです。無料パスがあったら、中学生たちは映画館に来てくれるでしょう。14歳の頃には、お小遣いも少ないはずです。高校生のようにアルバイトもできません。喫茶店もゲームセンターも、行けばお金がかかります。

映画館に行けば無料で休日が過ごせるのなら、きっと来てくれるのではないでしょうか。そしていろんな映画を観て、映画を映画館で観ることの価値を感じてくれるのではないかと思うのです。その彼らが将来の映画観客になってくれれば、日本映画界の未来は明るいものになります。もちろん全員がそうはならないにしろ、かなりの数が期待できるのではないでしょうか。

このアイデアのいいところは、映画をたくさん観ることで想像力や感性といったものが豊かになってくれるのではないかという点です。単に映画界のためだけではなく、十代の少年少女が育っていく過程にプラスの効果をもたらすのではないかと思うのです。

映画の中には、さまざまな人物、さまざまな人生が出てきます。いろんな生き方があることを知り、多様な考え方があることを理解する。そうすれば、考え方に幅が出てきます。自分はダメな人間だと無闇に劣等感を抱いたりすることも少なくなるのではないでしょうか。また、他人に対して寛容になれるかもしれません。

ちょうど心が育っていく時期に映画をたくさん観ることは、彼らの中に必ず何かを産むでしょう。シネコンで午前中に過去の名画を上映する試みも始まっています。いい映画を観るチャンスも結構あります。

このアイデアをツイッターで披露してみたら、たった1時間ほどの間に20人を超える方々から賛成の声をいただきました。高校生の皆さんはどう思いますか？

沢山の賛成が得られるなら、実現へ向けて少しでも可能性を探して動いてみたいと思います。]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100228.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 28 Feb 2010 00:47:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#324 気になるひとたち～シアーシャ・ローナンとヤン・イクチュン～</title>
         <description><![CDATA[いま、ハリウッドをはじめ世界で
最も注目されるティーンネイジャーのひとり。

そう言われると、誰を思い浮かべますか？
今日、ここでご紹介したいのが、
シアーシャ・ローナンという女優さん。

『つぐない』(2007)で、
あまりに切ない思いを抱え、
とりかえしのつかない過ちを犯してしまう
13歳の女の子を繊細な演技で表現し、世界を驚かせた彼女。

現在、公開中の
『ラブリーボーン』での演技も、いいのです。
ほんとうに何かを感じている心が、
表情に、動きに、すべてにダイレクトにあらわれる。
指先まで、その感情に満たされるような
すなおな演技が、本当にいいなぁと思う。

初恋の場面があるのですが、
彼女の目が、素敵なのです。
こころを、そのままに映す目。

そんな彼女が、
先月、映画の公開前に来日しました。

映画のなかの彼女は、
14歳の女の子をリアルに呼吸していて、
この年齢ならではのチャーミングさがあったけれど、

撮影開始から約２年たった現在の彼女は、
すっかりオトナの美しさ。

<img alt="シアーシャ・ローナン" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_324_1.jpg" width="267" height="400" />

のびやかな演技力。
彼女の名前“シアーシャ”は、
アイルランド語で「自由」を意味するそうです。

『つぐない』と『ラブリーボーン』を続けて見ると、
若いから、とか　
年齢がいくつだから、とか
そういうことを超えた、
彼女自身のきっと根幹にある
自由な心のありようが、感じ取れるはず。
ひとを語るのに、年齢は関係ないなとあらためて思います。
今後の演技が、ほんとうに楽しみな女優さんです。

もうひとり、ご紹介したいのが、
来月公開される韓国映画
『息もできない』のヤン・イクチュン。

日本での記者会見は、
「日本に来て、
おいしいものを色々食べて
　おなかが張り裂けそうです（笑）」
というナイスなあいさつでスタートしました。

そんな親しみやすいヤンさんですが、
彼の渾身の作品『息もできない』はとてもパワフル。

彼は、この映画の
製作から脚本、監督、編集までを自分で行い、
主人公も自身で演じています。

この映画に描かれているのは、
タイトルどおり、
息もできなくなるほどの家族の問題。


「家族の問題で悩んでいるひとがいたら、
　この映画を見て、
何らかの光を見出していただけたら、うれしいです」

ヤンさん自身が抱えていた思いを吐き出したという、
だからこその勢いに満ちた作品です。

「これまでは自分を恥ずかしいものだと思ってきたけれど、
この映画ですべてを吐き出したことで、
　自分をたいせつにしてもいいんだ、
　そう思い至ることができました。

　この映画を見てくれた観客のひと
友人や父母の世代のひとたちからも、
　同じような感想を聞きました」

10代のひとたちにとって
家族は、ひとつの大きなテーマなのではないでしょうか？
来週、この映画について
さらに掘り下げてみたいと思います。

<img alt="ヤン・イクチュン" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_324_2.jpg" width="276" height="400" />]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100225.html</link>
         <guid>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100225.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">多賀谷 浩子（フリーランス・ライター）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 25 Feb 2010 01:37:01 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#452 コリア国際学園、奮闘中</title>
         <description>#437でも書いたコリア国際学園へ行ってきました。国や民族を越境して東アジアを支える人間を育てようという志で開設した国際学校のつもりが、いまだに学校の認可を受けられずNPO法人の経営する「私塾」の立場のままです。

それでも生徒たちは一生懸命学習に取り組んでいます。また、先生方も安月給にも負けず奮闘してくれています。わたしはNPO法人の理事のひとりとして、彼らに申し訳ない気持でいっぱいです。　…というので、せめて学校へ出かけ、生徒や先生たちと率直に対話しようと思いました。

学校の認可がないと高校卒業資格が取れず、生徒たちは個別に高校卒業認定試験を受けて資格を得ないと大学入試を受けられません。また、大学入学資格を取っても、高校卒業者に比べ入試の際に不利になる場合もあります。

それでも先生方は、少しでもそうしたハンデを克服し、生徒たちの進路希望を実現しようと手立てを尽くしています。そんな若い先生たちの苦労や悩みを、直接聞かせてもらいました。皆、本当に生徒たちのことを考えていることが伝わってきました。わたしも、できる限り力にならねばと改めて痛感させられます。

その後、高二8人（当日欠席1人）、高一4人、これで全員の高等部生徒とランチタイム懇談をしました。あと1年と少し後に卒業を控える男子6人、女子2人の高二は、皆それぞれ志望の大学が決まっているようです。口々に将来の夢や希望を話してくれました。韓国の大学へ進学したいと考えている生徒が半分、日本の大学が半分というのは、いかにもこの学校らしくてうれしくなります。

高一のクラスは全員女子。仲良し4人組でコリア舞踊をするなど明るい子たちです。彼女たちも、そろそろ進路を考え始める時期。自分のやりたいこと、挑戦したいことを見つけるのを応援したいと思います。

とはいえ、この小さな「私塾」は財政的に苦しいのも事実です。また、理念を理解してもらえないこともあります。それでも何とか、生徒たちに明るい未来を提示したいものです。　…そんな思いを#445で始めたことをお知らせしたtwitter でつぶやいてみました。

すぐ反応があるのがtwitter のいいところ。同じように新しいタイプの学校を作る苦労をしてきた通信制高校の創設者である知人から、次のようなエールをもらいました。

【 信念で開校した学校ですから頑張ってください。民間同士でよってたかって支え合える仕組み、それをフォローする行政早く実現できると良いですね。】

ありがとう。頑張ってみます。</description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100221.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 21 Feb 2010 10:02:11 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#323 カラヴァッジョ</title>
         <description><![CDATA[これは、
16～17世紀のイタリアを生きた画家、
カラヴァッジョを描いた映画です。

カラヴァッジョの絵画は、
ひとつの土地にまとまっておらず、
イタリアの各地に点在しているといいます。

それが、なぜなのか。
この映画を見ると、わかります。

<img alt="カラヴァッジョ" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_323_1.jpg" width="400" height="267" />

この映画、
カラヴァッジョが目にして
絵画に表した当時の社会の様子が、
そこに入り込んだかのようにリアルに伝わってくる。

ありのままを見つめるアーティストであるカラヴァッジョ。
そして、彼が身をおいた、当時のキリスト教社会。

何が彼を苦しめ、
次から次へと新たな土地へ追い立てたのか。

有機的につながった映像の中で、
当時の社会にワープしたかのように体感できる。
立体的な映像が、素晴らしいのです。

<img alt="カラヴァッジョ" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_323_2.jpg" width="400" height="267" />

追われて行く先々で、
必ず誰かに助けられ、生き延びていくカラヴァッジョ。
どこか放っておけない魅力をもったひとだったのかもしれません。

そんなカラヴァッジョを熱演しているのは、
イタリアの俳優、アレッシオ・ボーニ。

20世紀後半のイタリアを描いた映画『輝ける青春』(03)で、
イタリアの影の面を表す
主人公兄弟の弟、マッテオを演じた役者さんです。

そして、この映画について語る際に、
触れないわけにいかないのが、カメラマン。

『ラストエンペラー』(87)など、
奥行を感じさせる、光と影の映像で知られる
イタリア出身のカメラマン、
ヴィットリオ・ストラーロが担当しています。

（ストラーロの映像に興味をもったひとがいたら、
　『ラストエンペラー』、そして『暗殺の森』(70)を。
　そのほかにも、ベルナルド・ベルトルッチ監督とのコンビで
多くの作品の撮影を担当しています）

実は、ストラーロのあの光と影の映像は、
カラヴァッジョの絵画に影響を受けているところがあるらしい。

この映画でも、カラヴァッジョが生きた時代を
渾身のカメラで再現していて、
絵画のような美しい陰影の世界が広がります。

カラヴァッジョが、どんな社会を呼吸し、
それが彼にどんな絵を描かせることになったのか。

ちょうど美術展も開催中ですが、
（「ボルゲーゼ美術館展」（東京都美術館）にて
晩年の傑作『聖礼者ヨハネ』が展示されています）

この映画を見ると、彼がいつ、
イタリアのどこにいた時に描いた絵なのか、
映画と照らし合わせながら、じっくり見てみたくなります。

公開中。
公式サイト：<a href="http://caravaggio.eiga.com/" target="_blank">http://caravaggio.eiga.com/</a>]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100218.html</link>
         <guid>http://www.mammo.tv/column/hiroko_tagaya/20100218.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">多賀谷 浩子（フリーランス・ライター）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 18 Feb 2010 02:39:21 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#451 「観光甲子園」ふたたび</title>
         <description><![CDATA[「観光甲子園」については、このコラム#427でご紹介しました。今年の第2回も開催概要が発表されています。【詳しくは　<a href="http://www.kobeshukugawa.ac.jp/kanko-koshien/" target="_blank">http://www.kobeshukugawa.ac.jp/kanko-koshien/</a>　】

全国の高校生による観光プランコンテストです。スポーツの甲子園やインターハイ、あるいは文化系部活動の全国大会と違って、特別な訓練や技能を必要とするわけではありません。また、全国連盟に登録していないと出場権がない、なんていう面倒くさいこともない。誰もが参加できるというのが、この大会のいいところです。

だって、自分たちが住んでいる町の良さを全国、全世界にアピールし、観光プランとして提案すればいいのです。これに似たことは小学校の総合的学習の時間で全員がやっています。ぼくたち、わたしたちの町の魅力探しという形でね。

それを、高校生レベルにして観光プランにすればいいのです。実際、昨年の大会で本選出場し審査員の前でプレゼンテーションした生徒たちは、ごく普通の高校生でした。誰もが気軽にチャレンジできます。もちろん、勝ち抜くためにはそれなりの努力が必要なのは同じですが、最初から無理だと拒絶されることはありません。

野球で甲子園に行くのは特別な才能を持った人（しかも男子のみ）に限られます。こちらは、誰でもが全国の頂点を目指せるのです。4月の新学期からでも準備は間に合います。仲間を集めて応募してみてはどうですか？

昨年グランプリを受賞した隠岐島前高校（このコラム#429で発表内容を紹介したときは「おきとうぜんこうこう」と書いてしまいました。ごめんなさい。「おきどうぜんこうこう」なんですよね。）から、審査員一同にうれしい報せが届きました。受賞プラン『ヒトツナギ』が、観光事業として現実のものになるというのです。
<a href="http://dozen.ed.jp/news/2009/0205-1200.php" target="_blank">http://dozen.ed.jp/news/2009/0205-1200.php</a>

本格的なチラシも載っています。
<a href="http://dozen.ed.jp/news/images/hitotsunagi.pdf" target="_blank">http://dozen.ed.jp/news/images/hitotsunagi.pdf</a>

隠岐島前高校は、全校生徒90人の小さな学校。そこの生徒たちが全国制覇しました。それを喜んだ島の大人たちが、プランのまま終わらせるのでなく実際にやろう、と立ち上がったようです。島前三島と呼ばれる3つの小島を挙げて、本土の中学生・高校生を春休みに受け入れることになっています。

高校生たちの考えを地域の大人が真正面から受け止めてくれたことが、何よりうれしいと思います。大人の考える町おこしと高校生たちの考えるういういしいプラントが、うまく合体するといいなあ。

いったいどんなことが起こるのか、結果を聞くのが楽しみです。]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100214.html</link>
         <guid>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100214.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 14 Feb 2010 00:32:52 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#182 も　う　一　つ　、　ｔｗｉｔｔｅｒ　の　こ　と</title>
         <description>twitterを開始する人間が周りでも増えている。なんとなく面白そうだから、という理由が多い。でも、どんなことでも、考えるより、とりあえずやってみてから考えるのが正しいのだ。最初は、それで十分。というわけで、ぼくも、時々、つぶやいているのだが、わかってきたことが、いくつかある。

まずは、

・当たり前だけれど、考えすぎていると、なにもつぶやけない。まとまった考えを、つぶやこうと思っても、１４０字の壁がある。「つぶやき」から「つぶやき」へと、渡り歩きながら、長考（長呟？）にはげむ人もいるし、ずっと「つぶやき」のまま、つまり断片のまま、果てしなく、「つぶやき」を垂れ流し続けている人もいる。前者は、本来、ひと繋がりの思考の流れを、分けてしまうので、ちょっと、読みにくいし、後者は、正直にいって、だらしない。
        　
このあたりは、前回も書いたかもしれない。今回、気づいたのは、もしかしたら、もう少し本質的なことだ。それは、

・twitterとふつうの文章とは向きが逆だ、ということ。

twitterを知らない人は、なんのことだかわからないかもしれないが、twitterをやっている人は、ぴんと来るだろう。当たり前のことだが、twitterは一種のブログ、というか書き込み、あるいはチャットの一種でもあるので、最新のものが、トップに来る。並べてみると、最初のものがいちばん新しく、下へ行くほど、過去のものになる。えっ、そんな当たり前のことが、なに、といわれるかもしれないが、これは実はとても重要なことなのかもしれない。たとえば、ぼくは、小説の中にtwitter中の「つぶやき」を引用してみようとした。とすると、妙なことが起こる。小説の文章は（縦書きなので）右から左へ進んでゆく。その中で（縦書きに変更されて）引用されている「つぶやき」は、左から右へと順に流れてゆく。時間の向きが、正反対なのだ。それは、過去を前提として、それがなければ、現在（の文章）が存在しないことになっている、通常の散文と違い、twitterでは、過去（のつぶやき）は、消え去ってしまうことが前提になっているからだ。いつも「現在」しかない文章、それがtwitterの「つぶやき」の特徴なのである。

・　もう一つは、twitterの「つぶやき」を見ていると、如何に、人間が勝手に、ばらばらに生きているのかが、わかることだ。それもまた、指摘する必要もない当たり前のことなのに、自分のタイムライン上に並んだ人たちが勝手にそれぞれの世界について呟いているのを見ると、コミュニケーションなんてものは、ほんとうは奇跡的なものなのかもと思ってしまうのだ。</description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/genichiro_takahashi/20100213.html</link>
         <guid>http://www.mammo.tv/column/genichiro_takahashi/20100213.html</guid>
                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">高橋 源一郎（作家）</category>
        
        
         <pubDate>Sat, 13 Feb 2010 00:11:08 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#392 おちんぴーとぽにょてぃんと、タイへ行く　歓楽街で踊り惚ける編</title>
         <description><![CDATA[（前回に続く）
バンコクにいたある日。
おちんぴー（旦那さんのあだ名）がこんなことを言い出した。
「ねえ。せっかくバンコクに来たんだからさ、パッポンに行かないで帰るなんてこと、しないだろ？？」
あたしは一瞬、耳を疑い、おちんぴーを背中から凝視した。
“パッポン”。それはちょっと遊び好きなら知らない人がいない、世界でも有数のタイの歓楽街。ゴーゴーバーと呼ばれるバーが濫立している。
激しいビートが小汚い通りを揺るがし、お店の中を覗けば、水着姿で番号札をつけたおねーちゃん達が、鉄棒を握ってお立ち台の上で踊っている。
そんなお店が連ねる地区には、夜な夜な一時の夢を見たいという男性達が世界中から集まってきている。
「……カゾクで、パッポン……！？」
「なんで？別にいいじゃんか。お店自体は危なくないし、ただジュース飲んで帰ってくればいいだけの話なんだからさ」
そうだな、日本で言えば、ちょっときな臭い、そしていかがわしい、歌舞伎町のど真ん中に、夜、家族でジュース飲みに突撃しようという計画。
一瞬考えてしまったけれど……。
確かにそれを拒否する理由は、特に見当たらない。
そうして。幾分、頬を紅潮させたおちんぴーは、不思議そうに辺りを見回すぽにょてぃん（娘のあだ名）を抱きかかえ、うれしそうにタクシーに乗り込んだ。

歓楽街はどこまで行っても歓楽街。
一番最初に足を踏み入れたのは、確か大学生の時だったか。
その時には、「へえーっ！！！ヨノナカには、こんなにとんでもない世界があるのか！！」と衝撃を受けたものだけれど、その雰囲気は何年経ってもまったく変わっていなかった。
細い通りにびっしりと軒を連ねる物売りの屋台。「オネーサン、グッチ、ヤスイヨー！」「ジェンブデ、シェンエン（1000円）！」。袖を引っ張られるも、こちらがぽにょてぃん連れだとわかると、子ども好きのタイの人々はとりあえず商いは置いておいて、「カワイイネー！」。そして猫が鳴いているようにも聞こえるタイ語で、にゃーにゃーふにゃふにゃと、何かを話しかけてくれている。
ぎんぎらぎんのネオンが光るお店からは、強い香水の香りが漏れてくる。
こちらの内臓すべてを、ずどんずどんと持ち上げるような16ビート。
そしてお店の中をのぞけば……。わー、踊ってる、踊ってる。
きれいな長髪を前後左右に揺らして、足の長いおねーさん達が水着着て、鉄棒につかまって踊っている。それも一人や二人じゃない。
何十人もが客席にウィンクを飛ばしながら踊ってる。
中にはトップレスになってしまっているおねーさんも結構混じっているもんだから、これを『健康的なバー』と呼んでいいものかどうか。
でもなぜか南国ゆえなのか、日本だったら確実に法に触れる分野でも、どこか“あっけらかん！！”とした感じが漂っているのが、不思議なところではある。
ピンクのネオンが壁に貼られた鏡にぎらぎら光っているその光景は、限りなく濃密な夢の世界でもあった。
自分一人、または友達と一緒、だったら、なんの躊躇もなく入っていって、ビールを少し飲んで、雰囲気を楽しんで出てくるところなのだけれど……。
今回はカゾクが一緒。しかも子どもは乳児。
（……いいんかねー？？）
ちょっぴり安っぽい奇妙な道徳心がむくりと頭をもたげたのだけれど、それもおちんぴーの、天まで突き抜けそうな笑顔でかき消された。
「そこのお店に、入ろう〜！」

入った瞬間、香水の匂いをぷんぷんさせた、お色気たっぷりの水着姿のおねーさん達がぞろぞろとあたし達の周りに集まってきた。
「ヨロシクー。ニッポンノ、ナマエハ、サクラデース！」
「ナニ、ノミマスカー？」
「ワー、カワイイデスネー！ナンサイ、デスカー？？」
ぽにょてぃんは、なんだかよくわからない、普段の日常とは騒々しさが数百倍は違うこの雰囲気に興奮してしまったらしく、時折顔をくしゃくしゃにして奇妙な笑いを浮かべ、手足をばたばたさせていた。
「こちらこそ、よろしくー！！」。おちんぴーは、ぽにょてぃんの右手を持ってしっかりご挨拶ポーズを取った後、ビール片手に美味しそうに喉を鳴らした。
そこまでおちんぴーとぽにょてぃんが楽しそうにしていても、あたしはまだ、二人に追いつけずにいた。
（本当に、こんなところにカゾクで来ちゃって、よかったんかいなー？）
おちんぴーにそんな不安を目で訴えると、おちんぴーは言った。
「だってもう来ちゃった、入っちゃったんだから、楽しまなきゃソン！ソン！」
隣にすり寄ってくるおねーさん軍団に、『イヤー参ったナァ、こういう時、今まではどうしてたんだっけ？』とどうも落ち着きなく、うろうろと店内に視線を泳がせていたその時……。
たくさんの人をかき分けかき分け、ぽにょてぃんを抱えたおちんぴーが、美女軍団が踊るお立ち台に近づいているのが見えた。
「……！」
お立ち台は、ダンサー達が踊る場所だというのに、こともあろうにおちんぴーは一人楽しそうに、ぽにょてぃんをちょこんとその上に置いた。
（美女軍団の膝下にも届かない背丈の娘をお立ち台の上に置いて、拳を突き上げて喜ぶ親……）
あたしはどっと力が抜けた（笑）。
そこでぽにょてぃんが少しでも嫌そうな顔をすれば、あたしはハヤブサのように飛んでいってそこに救いの手を差し伸べたはずなのだけれど……。
ぽにょてぃんは、みるみる歓喜の表情になっていった。
顔の筋肉すべてが脳天を目指してきっと上がり、目はくしゃくしゃのかまぼこ目、ほっぺたに口もこれまた、これ以上はないと思えるくらいの笑いを浮かべ。
そして他のおねーさん達を真似て自分も鉄棒をつかむと、いきなり腰をブンブン左右に振って踊りだした。
「いいぞー！いいぞー！ぽにょてぃん、うまいぞー！」
おちんぴーは、普段なら美女に目がないはずなのに、愛娘がそこにいるとあらば、どうやら美女たちにも視線がまったくいかないらしい。
それどころか、トップレス美女にもまったく関心を示さず、目はじっとぽにょてぃんを見つめている。
ぽにょてぃんが腰をブンブンッ、ブンブンッと振ると、おちんぴーも一緒になって踊った。すると他のお客さんからも大喝采。
こちらはもう目が点だった。
（ゴーゴーバーは美女が主役なのに、その座を取っちゃうなんて、どうよ！？）
そしておちんぴーは、ぽにょてぃんに向かって雄叫びをあげた。
「お前はずっと、こんなところで踊りたかったんだよなー！！」
「お前はゴーゴーバーで踊った、史上最年少記録だぞー！！」

あたしは楽しいんだか、気が気でないんだか、よくわからない状態の中にいた。
（だって……。お色気たっぷりの美女たち目当てで見に来たお客さんにとっては、いきなり乳児に目の前で踊られたら……どん引きでしょ……）
とりあえずハッスル、ハッスル！
ブンブンッ、ブンブンッ！いいぞー、ぽにょてぃん！
お姉さんたちも突如壇上に現れた乳児が、自分たちの座を取って踊り惚ける姿にどうしていいかわからない感じだったので、ここが潮時かと、あたしはお立ち台の方に向かって走っていった。
制止するおちんぴーの手を払い、「とりあえず、外で待ってるよ」とぽにょてぃんを抱えてお店の外へ。
（だって、こんな大音響の中にいたら、耳もおかしくなっちゃうでしょ）
すると。ぽにょてぃんは、全身を反り返らせて怒った。泣きわめいての大反発。
あたしの方がうろたえた。
あたしが必死で押さえているにも関わらず、全身を突っ張ってなんとかあたしの手を振り切り、お立ち台に戻りたいと体で訴えている。
ハイハイで人の波をすり抜け、強引に店の入り口へ戻り、扉を掴んだまま、大泣きしてお立ち台を指差している。
（お父さんがお父さんなら、子も子とは、このことよ……とほほほ）

けど……。今更再びお立ち台の上に行かれてもとこっちも入り口で必死で押さえていたら、そこにおちんぴーがやってきた。
スーパーポジティブでいつも爆笑してばかりのおちんぴーの眉間にしわが寄っている。いやお騒がせしました……！とでも言うかなあと思っていたら、おちんぴーはジタバタするぽにょてぃんを見て、むっとした表情でこう宣った。
「……ぽにょてぃんが自分でお立ち台で踊りたいって言ってるんだからさ、踊らせてやれよっ！！！本人がそうしたいって言ってるんじゃん！」
わはははははは。わははははははは。わははははははははは。
こんな親、見たことない。可笑しい、可笑しすぎる。
タイ・パッポン大歓楽街のゴーゴーバーのお立ち台で、1歳児を踊らせる親。
ある意味、おちんぴーは、本当にスゴイ。
トップレスのお姉さんがいるところに子どもを連れていくなんて、情操教育をどう考えているんですか！と、どこかからお叱りを受けそうではあるんだけれど、それもおちんぴーは意に介さず。
「だってさ、ぽにょにとってはきっと、あそこはただのスポーツクラブみたいなもんだよ。みんな汗流して踊って体操してんだから」
わはははは。確かに。
そういえば、ぽにょてぃんはトップレスのおねーさんのおっぱいをじっと見つめていた。きっと「ミルクがうまそうだなー」と思ったことでしょう（笑）。

帰りのタクシーの中、おちんぴーもぽにょてぃんも満足げにうたた寝。
ま、こんな珍妙な体験もたまにはいいかと、あたしも納得。
にしても、ぽにょてぃん。大きくなった時に自分の写真を見て、さぞかし驚くだろうなあ……（笑）。

<a href="http://www.mammo.tv/column/c_Shirakawa_393-big.jpg"><img alt="クリックすると大きく表示されます" src="http://www.mammo.tv/column/c_Shirakawa_393.jpg" width="400" height="267" /></a>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">白川 由紀（紀行フォトエッセイスト）</category>
        
        
         <pubDate>Fri, 12 Feb 2010 03:44:28 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#322 ユキとニナ</title>
         <description><![CDATA[突然ですが……
９歳のころのきもち、覚えていますか？

私はなぜか、とてもはっきりと
10歳の誕生日の前夜のきもちを覚えていて、

祖母の家に
家族で泊まりに行って、

みんなが眠ってしまった
シンとした2階のふとんの中で

もうヒトケタの年齢ではなくなるんだ…と

急にこどもではいられなくなるような、
なんとも複雑なきもちでひとり天井を見つめていたのを思い出します。

9歳。
おとなとこどもの間の、とても微妙な季節。

<img alt="ユキとニナ" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_322_1.jpg" width="400" height="267" />

この映画の主人公、
パリに暮らすユキも９歳。

ただでさえ、複雑な年ごろだけれど、
彼女には、さらに難題がふりかかります。

フランス人のお父さんと
日本人のお母さんの離婚が決まり、
ユキはお母さんと「一緒に日本に行く」選択を迫られるのです。

ひとより早く大人になることを余儀なくされた、
9歳の少女のこころに起こる変化。

視覚化するのがとても難しい、
なんとも微妙なこころのひだ。

それを、この映画はみずみずしいまま、
映画のなかに閉じ込めている。

少女が大人になる瞬間の表情を、
閉じ込めることに成功した、
とても希少でたいせつな映画、なのです。

<img alt="ユキとニナ" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_322_2.jpg" width="400" height="267" />

監督は、『M ／OTHER』(99) や『H story』(01)など
脚本を決め込まない、役者の即興に任せる演出で
スクリーンになまのドラマを呼びこんできた諏訪敦彦監督。

そんな風に、役者たちの心と、
そして天候や日々の状況などの撮影条件と、
誠実な「共同作業」を行い、作品を届けてきた諏訪監督が、

今回、あらたな「共同性」を試みたのが、
もうひとりの誰かと、共同で監督をすること。

諏訪監督が選んだパートナーは、
これまでゴダールや台湾のホウ・シャオシェンなど
世界の名匠の作品に出演してきた
フランスの俳優、イポリット・ジラルド。

おふたりの初仕事は、オムニバス映画
『パリ、ジュテーム』(06)の中の1篇『ヴィクトワール広場』。
（ちなみに、この映画の主演はジュリエット・ビノシュです）

それ以前にも、諏訪監督が『不完全なふたり』(05)の
キャストにイポリットさんを考えており、
その時にいろいろな話をしたのが、最初の出会いだったそう。

共同監督といっても、
ふたりの役割分担はしない。
ひとりで考えることを、ふたりで考える。
だからこそ、共同監督の意味がある、と
記者会見に登壇した諏訪監督。

ひとりの監督が指揮をとれば、
はなしはもっとスピーディに運ぶかもしれない。

けれど、この映画は、
毎朝、諏訪監督とジラルド監督が、
1時間ほどのミーティングをしながら
撮り重ねていったといいます。

「昨日はこんな撮影をしたけれど、どう思った？」
「今日はどんな撮影をする？」という風に。

「どんな映画ができあがるのか、
わからないで映画づくりをする、という経験をしました。

　だんだんにできあがっていく映画を目の当たりにして、
　どんな風にこの映画を作るか、その方法を学んでいったのです」
と、同じく会見に登壇したイポリット監督。

脚本はもちろんあるのだけれど、
台詞の部分が空白になっていて、役者の即興に任せられる。
これまでの諏訪監督のやり方が、この作品でもとられています。

そのおかげもあって、
諏訪監督の投影でも、
イポリット監督の投影でもない、
９歳のリアルな女の子が、この映画には生きているのです。

両親の離婚は、彼女にとって大問題。
けれど、９歳のユキは、
大人が考えるような、いかにもな反応は見せない。

一見、ドライなように見えて、
からだの中いっぱいに名前のつけられない感情を
抱えめぐらせる子どものこころ。
その発散のさせ方も、彼女は知らない。
だから、淡々としているように見える。

大人は、すっかり忘れてしまった、
９歳のリアルな反応が、ダイレクトにこちらの心に刺さります。
だから、見ている方も、９歳を懐かしむのではなく、
９歳のきもちに返ってしまう。
この映画には、大人の描いた子どもが出てこないのです。

とかく映画では、
監督を投影した登場人物が動き、
監督の目から見た世界が広がりがち。

けれど、この映画には、
おとなの監督ふたりにとっては、
まったく未知の存在である９歳のユキがリアルに呼吸しているのです。

これぞ「共同作業」のたまもの。
諏訪監督、イポリット監督の、待ち、受け止める姿勢。
そこで、リアルな反応を見せるノエ・サンピ。
おとなに媚びることをしない、この女の子の
ほんとうの反応が、なんともみずみずしい。

<img alt="ユキとニナ" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_322_3.jpg" width="400" height="267" />

その中でも、ハっとさせられるのが、
ユキがひとり森の中をずんずん進んでいく場面で、
その直前に、彼女が見せる表情。

それはまさに、
少女が大人になる瞬間の表情。

もともと、このシーンは脚本の段階では、
「森に入って、ニナが怪我をする。
ユキは誰かを呼びに行くが、道に迷って泣いてしまう」
という内容だったといいます。

けれど、監督の要求にこたえるプロの女優である前に、
ひとりの9歳の女の子であるノエ・サンピは
撮影時、監督にはっきりとこう言ったそう。

「ノエはここで泣かないし、泣けない」。

「僕たちはパニックになりましたね（笑）。
　結局、何の根拠もなく、
彼女が岩の上に立ち、ふっとひとりで歩きだす…
『日本には住みたくないの。
私は森でいとりで暮らすわ。
食べ物は妖精たちが運んでくれる…』
と独り言を言いながら…
そういうシーンを撮りました。

理由はいらないんです。
それから僕たちは、「あとは何をやってみる？」
とノエに確認して、その先に進んでいきました。

　あの場面で、脚本通りにノエが泣くように
演出することもやろうと思えばできたんです。
けれど、それが目的ではない。

ノエを尊重することで、
その先どうしていくかを考えていきました。
僕たちが道に迷って、ノエについていったというような感じでした」

そうして生まれた、
ユキが森をずんずん進んでいく直前の、
あの一瞬の表情。

「重要なのは、映画に命を吹き込むこと。
　決められた計画を成し遂げることではなく、
工程を変えて目的地を目指すこと」と、イポリット監督。

既存の映画づくりに縛られない、
原点を見つめ、一歩ずつ歩みを進めるようなやり方。
そのなかで徐々に映画のかたちを成していった『ユキとニナ』。
そもそも諏訪監督には、こんな考え方が流れています。

「誰か特別な人間が素晴らしい世界を作り出して、
　その人が作家と呼ばれ、特別な存在なのだという、
　そういうことだけが、映画の豊かさではないと思うのです。

　映画というのは、僕にとっては観客が作り出すもの。
　作家が作り出すものではない。

作家はひとつの契機・きっかけを与えていくもので、
　それを作り上げていくのは、観客の側だと思うし、
それもひとつの共同性だと思う。

　今回はイポリットと共同監督をしましたが、
　今後も様々な側面で、ある共同性の中で何が可能なのか、
　それを映画の中に求めていきたいと思っています」。

諏訪監督とともに今回、
初めて監督を経験したイポリットさんは、
「人が心をこめて正直に映画を作っていれば、
　その人の奥底にある無意識的なものが
スクリーンにあらわれるのだということに気づきました」。

そして、今回、こういう方法で映画を作れたことを、
「奇跡のようなユニークで貴重で信じられない素晴らしい体験」とも。

「だからこそ、これ一回にして
やめた方がいいのかもしれません。
この後に、映画を作ることだけを目的に、
映画を作るのであれば、それはもう
面白い経験ではなくなってしまうでしょうから」。

ほんとう、を丁寧に受け止め、
一歩ずつたしかめながら、道なき道をゆく。
そのあとにかたちを成した1本の映画。
あなたの中に、どんなドラマを呼び起こすでしょうか？

<img alt="ユキとニナ会見" src="http://www.mammo.tv/column/c_Tagaya_322_4.jpg" width="263" height="400" />

公開中。
公式サイト：<a href="http://www.bitters.co.jp/yukinina/" target="_blank">http://www.bitters.co.jp/yukinina/</a>]]></description>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">多賀谷 浩子（フリーランス・ライター）</category>
        
        
         <pubDate>Thu, 11 Feb 2010 03:24:54 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>#450 熱血教頭</title>
         <description><![CDATA[1月31日のカタリバ大学は、第12講として「社会を動かす、あたらしい教育現場」をテーマにしました。【次は2月13日です。　<a href="http://www.katariba.net/k-univ" target="_blank">http://www.katariba.net/k-univ</a>　】

この日のゲストの一人に、大河内保雪さんを招きました。わたしとは10年近い付き合いです。都立松原高校、蒲田高校などで教頭（おっと、東京都では副校長でした）を長く務め定年退職後東京都教育委員会の嘱託として都立高校の教育をサポートしています。それだけではありません。多くの教師や教師ＯＢとは違い、地域の教育に関係するＮＰＯ活動にも熱心です。

知り合ったのは、ＰＴＡの方からユニークな教頭先生（当時は副校長でなく教頭）がいるのでぜひ会ってみて、と勧められたからです。わたしが文部省（当時）で教育改革を担当していた頃でした。会ってみて意気投合。それからずっと付き合っています。蒲田高校時代には学校へ伺い、奮闘ぶりを直接見せてもらいました。

とにかく、生徒のことを第一に考える熱血教頭（副校長なんて取り澄ました肩書きは大河内さんに似合わない）です。カタリバ大学で「生涯一教頭の」と紹介したら、「私だって校長になるつもりだったんですよ！」と叱られました。東京都教育委員会に人を見る目がなかったんだなあ。

なりふり構わず生徒のために奔走する教頭先生でした。当時国立オリンピック記念青少年総合センターで行われていた蒲田高校の新入生合宿も見せてもらいましたが、大河内教頭が一人で新入生全員を相手に走り回っていました（もちろん、他の先生もたくさんいて教頭に巻き込まれて後を走っていましたが）。

大学進学など考えたこともないその頃の蒲田高校の生徒たちに、将来への希望を持って目標を見つけてほしい、その思いがひしひしと伝わってきたものです。あのとき聞いた、図書委員の職務責任を果たした生徒が司書になりたいと思うようになって大学進学した話、よかったなあ。

大河内さんは熱血教頭でしたが、決してひとりよがりの強引な指導ではなく、生徒の立場に立って彼らの何かを引き出そうとすることに熱意を注いでいました。こんな先生こそ、たくさんいてほしいと思います。

カタリバ大学の後の懇親飲み会で、大河内さんとわたしが久しぶりに美味しい酒を酌み交わしたのは言うまでもありません。]]></description>
         <link>http://www.mammo.tv/column/ken_terawaki/20100207.html</link>
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                  <category domain="http://www.sixapart.com/ns/types#category">寺脇 研（NPO教育支援協会チーフ・コーディネーター）</category>
        
        
         <pubDate>Sun, 07 Feb 2010 11:21:37 +0900</pubDate>
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