2017-02-05 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
大学時代に、色白のはかなげな女の子がいて、彼女は皆から「エゴン・シーレの絵みたい」と言われていました。
一度観たら忘れられない、シーレの描く女性像。公開中の『エゴン・シーレ 死と乙女』はオーストリアを生きた画家、エゴン・シーレが28歳で亡くなるまでの約10年間を描いた映画です。
といっても、この映画はいわゆる伝記映画ではありません。
シーレが生きた20世紀初頭のウィーンに戻って、彼の何気ない日常を目にするような、そんな描き方がされているのです。
偉大な画家を描くというのではなく、ただひとりの青年の日常をいきいきと描いている。
絵を描く衝動に溢れ、女の人と恋におち、次々に絵を生み出していくシーレの日々。そのワンシーン、ワンシーンがとにかく美しくて、観ていてうっとりします。
たとえば、シーレのアトリエなんて窓の細部にいたるまで素敵だし、当時の社交場の退廃的な雰囲気など、時代を感じさせる美術にも惹かれるのですが、やはり目を引くのはシーレの愛した女性たち。
皆、とびぬけた美人というわけではないのですが、ひとりひとりが魅惑的で、くっきりと印象に残ります。まさにエゴン・シーレの絵の女性たちのように。
エゴン・シーレについては今も広く知られていますが、モデルとなった女性たちのことはあまり知られていません。この映画は、そんな彼女たちの人となりに迫っていて興味深いのです。
中でも焦点が当たるのが、シーレの妹ゲルティと、クリムトのモデルだったヴァリ。
シーレが女性のヌードを描いた最初のモデルだったというゲルティ。4歳年上の兄が妹のヌードを描くというのは、傍から見ると難しい部分もあったようです。
が、劇中の二人は、二人にしかわからない絆で結ばれていて、この映画は、それを良しとも悪しとも描いていません。善悪で語ることなく、シーレの心の流れとして映画全体が描かれています。
そして、ヴァリ。ゲルティと同じく、彼女をモデルにした絵をシーレは数多く発表しています。この映画のサブタイトルになっている『死と乙女』もそのひとつ。
なぜ、この絵の男性があんな目をしているのか。二人の男女がこんな風に描かれているのか。映画を観ると、想像することができます。
献身的にシーレを支えながら、結婚という形にはならなかったヴァリ。そう伝え聞く情報からはこぼれおちてしまう、惹かれ合う二人の若き日の無邪気な表情が劇中に捉えられていて、
私たちが偉人の人生を伝え聞く時は、過去のものとして削ぎ落とされた事実だけが伝えられ、場合によっては、それが善悪でくっきりと色付けされて伝わったりしますが、
この映画では、ただ、シーレの生きた一瞬、一瞬の輝きが留められている。それが美しいのです。
それはシーレの側から物語が語られているからで、例えば、ヴァリとの結末なんて、客観的に観ると「え!?」と思いますが、シーレに悪気はないわけです。
彼の中では、それが自然なこととして結果につながっている。それを体現するノア・サーヴェドラに無垢な心の美しさが感じられるから、傍からは理解しがたいシーレの行動が説得力をもって伝わってくるのだと思います。
ノア・サーヴェドラはモデル出身で、監督のディーター・ベルナーに抜擢され、この作品が映画初出演作。撮影が始まるまで1年ほど監督について、役柄への理解を深めたといいます。
もともと俳優志望だったこともあり、これを機に演劇大学(エルンスト・ブッシュ演劇大学)にも入学したそう。その取り組み方も素敵だなと思います。
どんなに著名な人であっても、その人物の声や話し方、視線の配り方……ちょっとしたニュアンスは、同時代、同じ時を共にした人にしか、わからないもの。
歴史上の人物や偉人について取り上げる番組や書物を見るたび、目の前にいないその人が、誰かの視点から、どうしても断定的に語られてしまうことに、なんともいえないもどかしさをおぼえます。
だから、この映画のシーレと、彼が出会った女性たちの描き方に共感をおぼえました。そこに描かれている彼らが実際とどれだけ近いかは、当時を経験していない私たちに判断することはできませんが、
シーレが生きた20世紀初頭のウィーンはきっとこんな感じだったろう、その中を生きる彼らはこんな感じだったのではないだろうか……それを想像する過程に、ひとりの人を決めつけることなく、尊重しながら探っていく姿勢が感じられたからです。
誰かの生涯をとりあげるのに、ただ、その人が生きた瞬間のエネルギーを美しいイメージで捉えた映画って案外少ないと思います。すごく感覚的にシーレの日々が描かれているし、それが美しくて見とれました。
シーレが愛した女性たちが、その恋の結末はどうであれ、その時々で、すごく幸福な表情をしています。エゴン・シーレの印象的な絵画と共に、ぜひ触れてみてください。
公開中。
公式サイト:http://egonschiele-movie.com/
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