2014-06-07 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
この映画、オープニングから引き込まれます。そこは、スタジオに再現された、巣箱の中のみつばちたちの世界。無数の働きバチが懸命に働いている、黄金色に輝く世界に目を見張ります。
アップで映し出される、みつばちたち。頭や背中や足には、こんな風に毛が生えているんだ。頭から背中は、こんな風につながっているんだ……ここまで間近で見たことがないその映像は、まるで、みつばちと同じサイズになって、彼らの世界に迷い込んだかのよう――。
そんな体験をさせてくれるのは、公開中の映画『みつばちの大地』。代々、養蜂で生計を立ててきた一家に育ち、幼い頃からみつばちに親しんでいたというスイスのマークス・イムホーフ監督が、みつばちの大量死の謎に、独自の取材で迫るドキュメンタリーです。
世界中で、みつばちの大量死が起きたり、数が減少していることは、数年前から報道されているとおり。2009年に日本で出版された、ローワン・ジェイコブセン著『ハチはなぜ大量死したのか』が話題になったことも思い出されます。
植物の受粉を媒介する、みつばち。この映画によると、人間が口にする食べ物の1/3はみつばちの恩恵に預かっているといいます。つまり、みつばちが全滅するようなことがあれば、人類もその4年後に地球上から、いなくなってしまう……というのです。
はっきりとした原因は究明されていないという、みつばちの大量死の謎。イムホーフ監督は、地球を4周し、あらゆる土地の養蜂家を訪ね、ある結論へと私たちを導きます。
美しいオープニングのことは、最初にご紹介しましたが、この監督は、みつばちに愛があるんだなぁ…と思います。ライトに照らされて、黄金色に輝く無数のみつばちの映像からは、監督がみつばちをとても美しいと思っていることが感じられるから。
この、みつばちへの愛情、彼らの生活を尊重する気持ち。それが、いかに大事なことか、この映画を観ていくと、しみじみ感じるのですが、映画はまず、愛情たっぷりに、はちたちの生態について教えてくれます。
冒頭でも触れましたが、みつばちの細部までを精巧に映し出す映像は、ハイスピードカメラで撮影されたもの。普通のカメラでは動きが早すぎてとらえられない、ミツバチの羽や触覚、舌の動きなども、この映画は捉えているのです。それは、わたしたちの知られざる、みつばちの驚異のはたらきを伝えます。
みつばちが、どんな風に蜂蜜を作っているのか……考えたことありますか?みつばちが持ちかえった花の蜜は、巣箱で待つ別のみつばちたちに渡され、加工されて、蜂蜜となり、巣房(すぼう)と呼ばれる小さな部屋にたくわえられるのです。その巣房の透明できれいなこと!
そして、みつばちが、どんな風に仲間たちに情報を伝えているのか……これについては、カール・フォン・フリッシュというノーベル賞を受賞した科学者が監督した『ミツバチのダンス』という無声映画が引用されているのですが、みつばちは、花までの距離と方角をダンスによって仲間に伝えるのだそう。お尻の振り方が激しいほど、距離が近いことを表しているのだといいます。
さらには、みつばちの意志決定能力を研究しているベルリン自由大学のランドルフ・メンツェル教授の研究も紹介され、すでに食料の情報を知っているみつばちが、さらによさそうなエサ場を見つけた時、どうするのか……賢く複雑な、みつばちの知性が明かされます。
みつばちの世界を掘り下げていくと、見事なバランスで成り立っている大自然の均衡に辿り着きます。たとえば、色鮮やかな植物は、みつばちを惹きつけ、みつばちによって受粉が行われている。では、目立たない色彩の植物はどうしているかというと、風が受粉を行うのです。すべてがうまくいくようにできている、自然のつながりの神秘。
ところが、そんな自然の摂理に反した養蜂を行っている養蜂家が、世界には少なからずいて、そんな各国の養蜂家の考え方や方法を、映画は次々に取り上げます。
彼らがなぜ、そのような養蜂をするのかといえば、その目的は、ビジネスとしての大量生産。お金のために、本来のやりかたを歪めてしまうと、それは、みつばちたちの生態をも歪めることになる。農薬や抗生物質が使われるなど、人の手が加えられることで起こる、さまざまな問題。本来、みつばちの仕事である受粉を、人の手で行うのと、みつばちが行うのとではどちらが効果的か、という研究がなされているという事例まで紹介され、ショックを受けずにはいられません。
生産性や効率を追求するあまり、徐々に自然から離れていき、ひいては私たち人間の暮らしにも害が及んでしまう……いま、私たちが考えなければならない原発の問題などにも、通じるところだなと思います。
ビジネスのために、みつばちを道具にしてしまう養蜂家たち。それに対し、みつばちに真摯な愛情を注ぐ養蜂家たちのことも紹介されます。
自然の近くで生きている人たちは、自然の驚異とありがたさを知っている。けれど、都市に暮らしていると、だんだんと、そういった感覚が薄れていくように思います。
自然に敬意をもつことの大切さ。それに気づかないと、やがて大変なことになる……そんな状況に、すでに世界はなってきているのかもしれません。
世界を成り立たせている自然のつながりに、あらためて目を向けること。美しいみつばちたちが、それを教えてくれるドキュメンタリーです。
公開中。
公式サイト:http://www.cine.co.jp/mitsubachi_daichi/
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