2012-05-18 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
先週末から開催中のSintok2012 シンガポール映画祭。
その中で人気を呼んだ1作が『12 Lotus』(08)。
日本でも劇場公開された『881 歌え!パパイヤ』の
ロイストン・タン監督が、この作品に続いて、
シンガポール独特の華やかさと哀愁に満ちた歌謡ショー、
歌台(ゲータイ)を舞台に描いた作品です。
華やかな楽しさに満ちた『881』に比べると、
『12Lotus』は、よりヒロインのままならない人生、
深い情感にフォーカスした作品になっています。
「『881』は商業映画だったので、撮り終えた後、精神的にちょっと葛藤があったんです。僕はこれまでずっとアート・フィルムを作ってきたので。だから、今回はまずアート・フィルムにして、その後で商業的な要素を取り入れていきました」
<『12Lotus』より>
Lotus(ロータス)とは「蓮の花」のこと。
『12蓮花』という福建歌謡の名曲をもとにしたこの作品は、
その歌詞になぞらえ、ひとりの女性の悲しい人生を描いています。
主人公は、歌の大好きな少女・ロータス。
歌台(ゲータイ)のステージで華やかに歌うスターに憧れ、
その道を歩み始めた彼女ですが、周りの男たちに人生を翻弄されて―
そんなヒロイン・ロータスの大人時代を演じているのが、
『881』でも魅力的な役を演じていて印象深いリュウ・リンリンさん。
以前、『881』でロイストン監督にインタビューした際、
監督が「歌台(ゲータイ)の一番のスター」と言っていた方です。
そんなリンリンさんが、ロイストン監督とともに、
先週末、シンガポール映画祭のために来日しました。
ロイストン監督は、
「リュウ・リンリンさんの歌を聞いていると、インスピレーションが沸いて次々にアイディアが浮かんでくる」といいます。
一方、リンリンさんにロイストン監督の現場の様子を尋ねると、
「撮影が終わりに近づく頃には、もうみんなが一丸になるんです。スタッフやキャストの人たちと別れるのが、ものすごく名残惜しい。どうしてなのかな…って考えてみたことがあるんですね。
例えば、『881』の中でヒロインのひとり“リトル・パパイヤ”が病気になって、ボーズ頭になる場面がありますよね。あのシーンの撮影の時は、彼女だけがボーズ頭になるのはかわいそうだといって、周りの人たちがみんな、監督もカメラマンも全員ボーズになったんです。もう感無量でした。みんな家族になったみたいで」
監督の現場では、「演じる」のではなく、自分自身の感情をそのまま表現すればいいような環境が作られているといいます。
「『881』で病院のシーンがありますよね。病院に入った後は、“リトル・パパイヤ”とは顔を合せなかったのですが、それは監督の作戦なんです。そのまま病室に入っていくと、彼女が悲しそうに横たわって、死んでしまいそうな顔をしている。それを目の当たりにしたら、役作りでも何でもなく、私自身のきもちで悲しくて仕方なくなってくるんです」
<『12Lotus』より>
ロイストン監督は、これまで3本の映画でリンリンさんと組んでいます。
「3本ご一緒させていただいたのは、リンリンさんが初めて」と監督。
劇中の存在感からも、彼女への信頼の深さがうかがえます。
そんな彼女が出演しているショート・フィルム『マイ・サーズ・ラバー』も今回、短編集『Short Lah!』の中で上映されます。
この映画の「サーズ」とは「SARS」のこと。
数年前に流行した、あの恐ろしいウィルスのことです。
映画が始まり、スクリーンに広がるのは、
監督の作品『4:30(フォー・サーティ)』を思わせる、
ブルーグリーンの映像が静かに息をする場所。
舞台は、VIP用のトイレ。
ラジオから流れてくるSARSのニュースを聞きながら、
トイレの受付に座っている女性がいる。これが、リンリンさん。
と、そこへ顔見知りの、この女性がほのかに思いを寄せているらしい、感じのいい男性が“Hello”とトイレに入っていく。
すると、リンリンさんがなんと男性トイレに近寄っていって……
このあとの展開は、誰にも予想できないと思う。
「え!?」と呆気にとられて、殺風景なトイレがいとも楽しい世界へ―
「トイレで12時間、撮影したんですよ」と監督。
これはロイストン監督にしか描けない世界だと思う。
この楽しい驚き、ぜひスクリーンで味わってください。
<『マイ・サーズ・ラバー』より>
『Short lah!』の中には、
ロイストン監督の初作品『SONS』も入っています。
どこか懐かしい、美しい映像で
父親が息子に抱く尽きせぬ思いを描いた作品。
この作品には、監督自身の思いが込められています。
「僕の父のことを描いた作品なんです。父とは以前、口も聞かなかった時期があって。特に僕が幼い頃ですね。今に思えば、父も父親になって我が子とどうやってコミュニケーションをとればいいのか、わからなかったんじゃないかと思うんです。僕もだんだん大人になって、こういう関係を続けていくのは悪循環になってしまうのではないかと思って。そういう関係を全部、この作品の中に注ぎ込んだのです」
映画は、父親側から息子への思いを語る
モノローグの形式をとっています。
父と子をテーマにした作品は、
これまでも数多く作られていますが、
心に沁みるモノローグ、
そこに重ねられる映像のオリジナリティ。
初めての作品ながら、ロイストン作品らしいあり方が感じられます。
「あの作品は、僕の自宅で撮影したんです。僕にとってとても大切な作品。このショート・フィルムで、僕の映画づくりのスタイルが確立したといってもいいと思います」
監督にとって、心の大きな部分を占める
大切な問題であるお父さんとの関係。
それを描いたことからも想像できるとおり、『Short lah!』で上映されるショート・フィルムの一つひとつには、監督にとって大切な人、大切な場所、大切なものへの思いが詰まっています。
「短編を撮る時は、一枚一枚服を脱いでいくような感覚で撮っています。精神的な意味で、最後には裸になって、その時の裸の自分、心の核にあるものが表れる。その時々の正直なきもちが収められて、僕にとっては1篇1篇が、1ページの日記のようでもあるんです。だから、ショート・フィルムを作ることは、(商業的な面を含む)長編劇映画を撮るよりも大事なんです」。
<ロイストン・タン監督とリュウ・リンリンさん>
第2回を迎えた今年のシンガポール映画祭。
20日の夜にクロージング作品として上映されるのは、
カンヌ映画祭をはじめ世界の映画祭で注目された『sandcastle』(砂の城)。
これが長編デビューとなる監督の作品ですが、
デビュー作とは思えない力強さで評判を呼んでいます。
主人公は兵役を控えた18歳の青年。
祖母との交流を通し、彼は亡き父の知られざる秘密を知り、
大人への一歩を歩み出す―
詩的な描写と骨太な語りの注目の作品。
こちらも日本で見られる貴重な機会です。
映画祭は20日まで。
あなたの1本に出会えますように!
Sintok2012 シンガポール映画祭
公式サイト:http://www.sintok.org/