2012-05-03 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか?
少し前に、試写室でこの映画を見て、
連休中に母を連れて、もう一度見に行きたいなと思いました。
4月末に出かけてみたら、同じ回に居合わせたお客さんが、
皆さんが同じ場面で、涙を流していました。
井上靖を思わせる主人公の作家、役所広司が演じる伊上洪作と、
樹木希林演じるそのお母さん、二人の場面です。
母親の思いを小さな紙にあらわした、忘れられない場面です。
(C)2012「わが母の記」製作委員会
『わが母の記』は、井上靖の同名小説をもとにしています。
昭和の日本の父、しかも作家。パワフルな父を中心にまわっていく、伊上家の女性たちの日々がいきいきと描かれています。
舞台となっている邸宅も、昭和の文豪の家を思わせて重みがあるのですが、一家がおやつ時に食べているマドレーヌ。膨らみ方がいびつで、お手製であることがわかる。お父さんが知的な職業についているお家の、きちんとした風情がそんな細やかなところからも伝わってきて、伊上家の雰囲気をていねいに醸し出しています。
伊上家には、3人の娘がいます。
ミムラ演じるしっかり者の長女。自筆のエッセイ「みちくさ」もかわいい、独特の空気感ただよう菊池亜希子が演じる繊細な次女。そして宮﨑あおい演じる三女。
面白いのが、同じ家に育っても、父親の受け止め方が全員違うこと。
これ、皆さんのお家にもある、親子の相性の不思議ではないでしょうか。
父親である洪作が声を荒げたりすると、繊細な次女の紀子は委縮してしまう。
そんな紀子を、長女の郁子がお姉さんの優しさでフォローする。
そして、三女・琴子。この琴子が面白いのです。
姉妹の中で唯一、面と向かって父親に反論する。
父親も琴子には、わりと手荒な態度をとったりして。
どこか父と息子のような側面をもつ二人のやりとりが面白い。
ずっと見ていくと、どうもこの二人は似ているのです。
だからこそ、反発する時は激しく反発しあうけれど、
きもちが通じ合った時はとても懐深くつながることができる。
父と娘のいろいろなかたちが描かれているのも面白いです。
(C)2012「わが母の記」製作委員会
この一家には、女性が多く、
映画全体に、女優の映画の風情がある。
女優一人ひとりの魅力が、いきいきと引き出されています。
上に挙げた三姉妹はもちろんのこと、
洪作の妹で、この時代には珍しく独身で自由奔放に生きる桑子。
南果歩が演じているのですが、彼女のいきいきとした本能的な魅力が桑子に重なり、最近の出演作の中でも当たり役という気がします。
キムラ緑子が演じる桑子の姉・志賀子も、ああこういうお姉さんいるなぁ…というリアリティたっぷり。ミムラ演じる洪作の長女・郁子といい、見ている人たちが、思わず自分の家族を思い出してしまうようなリアリティがあるのです。お姉さんの優しさってお母さんの優しさにどこか似ている。いいなぁと思います。
(C)2012「わが母の記」製作委員会
そんな女優の映画のトップを飾るのが、
洪作の母・八重を演じる樹木希林。
希林さんといえば、『歩いても歩いても』(08)のお母さん役がとても印象深いですが、こちらのお母さん像にもまた違った魅力があります。
年を重ねるごとに、少しずつ記憶とさよならしていく八重と、
それを見守る一家の様子が描かれているのですが、
八重と洪作の会話がコミカルなのです。
ちょっと憎たらしい、けれど憎めない
絶妙なさじ加減の物言い。思わず笑いを誘います。
そんな会話のふとした時に、訪れるのが、
冒頭に触れた、母と息子の大切な場面。
洪作は、幼い頃に、兄弟の中で自分だけ、
両親から引き離されて育った過去があり、
大人になった今でも「母親に捨てられた」と思っています。
そんな息子の抱えてきた思い。
それを覆い尽くす母の愛。
思いが強い分だけ、誤解も大きい。
言葉で簡単に伝えられないことも多い。
親子の物語は、いつの時代を舞台にしても普遍だなと思います。
高校生の皆さんが見たら、どんな風に感じるでしょうか。
(C)2012「わが母の記」製作委員会
この作品は、実際に井上靖が一家と過ごした
世田谷のご自宅(撮影後に旭川へ移築)で撮影が行われています。
伊上洪作が原稿を書いている書斎も、なんと井上靖の実際の書斎。
この気配は、作り物では決して出せないものだと思う。
そんな細かな一つひとつが醸し出している昭和の文豪の家族像。
隅々まで丁寧に楽しんでください。
(C)2012「わが母の記」製作委員会
公開中。
公式サイト:http://www.wagahaha.jp/