2012-02-24 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
突然ですが。
本当のこと、みなさんは普段の生活で言えていますか?
クラスの友だちの中で、もしかしたら、
遠慮したり、周りの反応をうかがったりして、
本当に言いたいことは、自分の中にしまっている……
そんな人も、少なくないかもしれません。
けれど、本当のことを言うようになって初めて、
はじまるものがあることも事実。
本当のことを言っていると、
自分とわかりあえる人がまわりに増えていく。
そして、行きたかった方向、やりたかったことに
知らぬ間に、少しずつ近づいていくから不思議。
もしかしたら、本人もわからない「その人そのもの」が、
自然と表にあらわれてくるからなのかもしれません。
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
今週末から公開される映画『pina』は、3年前に急逝した
ドイツの舞踊家、ピナ・バウシュのドキュメンタリーです。
立っているだけで、多くを物語るピナは、
ドイツの都市・ヴッパタールに拠点を置く舞踊団を率いて、
これまでの枠組みにとらわれない表現を模索してきた女性。
踊りだけでなく、台詞や歌、時には映像までも駆使し、
数多くのシーンが舞台上で次々に展開するピナの作品は、
ドイツ語で「タンツ・テアター」と呼ばれています。
これ、英語で言えば、「ダンス・シアター」のこと。
舞踊と演劇、どちらの要素も兼ね備えた芸術というわけです。
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
映画にも彼女が振付けた4つの作品が出てきますが、
その振り付けは、単なるかっこいい形ではありません。
一見すると、抽象的な動きなのに、
見ているうちに「ああ、この感情知っている…」と
心の深いところにあった痛みや喜びが呼びさまされるのです。
なぜ、そんな風に見ている人の心の奥底を
揺さぶる表現ができるのか。
ピナは、ダンサーたちに、本当の言葉を求めます。
彼女が投げかける、たくさんの質問に答えようと、
ダンサーは自らの深みへ入りこみ、
正直で、唯一無二の、その人自身へとたどりつく。
これまで生きてくる中で、
ダンサーたちが見て、感じて、考えてきたもの。
「その人」を「その人」たらしめている核。
言葉や肉体で表現された、その答えを受け取り、
舞台上で繰り広げられる様々なシーンにちりばめ、
彼女は、ひとつの作品を作り上げていく。
そこには、ダンサーたちの「生」があらわになるのです。
ダンサーたちのあるがままの個性を受け入れた
ピナの作品は、丸ごと「愛」。本当に愛に溢れている。
そして、正直な言語となったダンサーたちの「自然」。
いきものとしての人間本来の美しさが、こちらの本能を直撃します。
© 2010 NEUE ROAD MOVIES GMBH, EUROWIDE FILM PRODUCTION
映画の中におさめられているのは、全部で4作品。
監督は『パリ、テキサス』(94)をはじめとする劇映画の一方で、
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』(99)など
ドキュメンタリーにも定評のあるドイツの名匠、ヴィム・ヴェンダース。
彼女の表現をこよなく愛し、20年もの間、ピナの映画を作りたい
と思っていたヴェンダースが、映画の製作に着手したのは今から5年前。
生で見なければ、感じられない舞踊の魅力を
映画というメディアで伝えるのは難しいというのが、
長年、映画づくりに着手しなかった理由だといいます。
それを覆したのは、3D。2007年のカンヌ映画祭で、
U2のライブ映画『U2 3D』を見た際、
空間の奥行を表現できる3Dなら、
ピナの舞台を表現できると思いついたのだそう。
「3Dほど、舞踊を表現するのに適した技術はない。
蜜月関係といっていいほど。これはもう出会いだと思う」
昨年の東京国際映画祭に来日した際、
記者会見でも3Dについて熱く語っていたヴェンダース。
「これまでハリウッドの実写映画は、
3Dという技術をアトラクションにしてしまっている。
技術というのは、何かを表現し、伝える言語なんだ。
言語は使われなければ、磨かれていくこともない。
空間の奥行を表現できる3Dは、
ドキュメンタリーにとても適した技術だと思う。
『pina』は、その第一作。これからも、
この技術でやってみたいことがたくさんあるよ」
<記者会見にて>
映画の製作が進み、2009年、
いよいよ3Dのリハーサル撮影に入るとなった直前、
映画の中心にいるはずだったピナ・バウシュが急逝してしまいます。
悲しいニュースは、世界を駆け抜け、
映画も、一時、中断を余儀なくされましたが、
ダンサーたちの熱い思いに支えられ、ヴェンダースは映画作りを再開。
ピナの精神が、心身の隅々にまで浸みこんだダンサーたちが
その表情や動き…体いっぱいで、ピナの世界の魅力を伝えています。
心のやわらかい10代のみなさんが体感したら、
きっと忘れられない出会いになるのではないでしょうか。
最前列の特等席で見るよりも、臨場感のある3Dは、
まるでダンサーたちの中にいるような錯覚をおぼえます。
私たちを、その人自身へとかえすピナ・バウシュの舞台。
本当の言葉にしか、なしえないもの。体感してください。
25日より公開。
公式サイト:http://pina.gaga.ne.jp/