2010-07-15 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
美しい島々と題されたこの映画、
ドキュメンタリー映画なのですが、
ナレーションもBGMも入っていません。
心が溶けそうになるぐらい、きもちのいい楽園の風景が、
固定位置から撮られた余計な動きのないカメラによって
ゆらゆらとおだやかに広がっていく―
映画が始まると、
その場に身をおいているかのように、
南の島ののんびりした開放的な空気が伝わってきます。
波の音に誘われて、思わずうとうとしてしまいそう……なんともきもちよいのです。
この映画に登場するのは、
南太平洋に浮かぶ9つの島から成る国、ツバル。
水の都、イタリアのヴェネツィア、
そして、アラスカ最西端に位置するシシマレフ島。
この3箇所の共通点、ピンときますか?
このまま地球温暖化が進んだら、沈みゆく場所―
その土地の、いまの美しさをとらえたのが、この映画なのです。
たとえば、ツバルの海抜はわずか1.5メートル。
世界でいちばん最初に沈んでしまう場所だといわれています。
そして、ヴェネツィアの高潮被害については、
高校生の皆さんもニュースで見聞きしているのではないでしょうか。
アラスカのもっとも西に位置するシシマレフ島では、
海が凍りにくくなって、島の永久凍土が溶け、
映画のプレス資料によれば、島民の2割が家を失ったといいます。
監督の海南友子さんは、元NHKの報道ディレクター。
ライフワークとして環境問題に取り組んできた海南さんが
この作品を撮ろうと思ったのには、あるきっかけが。
それは、南米・チリのパタゴニア地方で
氷河の取材していた時のこと。
真っ白にな氷河の美しさに見とれていたその時、
目の前に広がる氷河が、突然に轟音を立て崩れ去ったのだそうです。
「いつか私の住む町にも同じことが起きるかもしれない」。
衝撃を受けた海南さんは、自らプロデュースも手掛け、
この映画を撮ることを決意したそう。
「私たちが目にするのは、いつも災害があったあとの風景。
何かが起こる前、そこに美しい生活があったということを
とらえておきたいと思った」
試写室での監督のごあいさつが、印象的でした。
これ、ひとの一生を超える長い視点での考え方だと思いませんか?
この映画におさめられているのは、
監督の心を揺さぶった、ひと・風景・その土地の暮らし。
声高に環境問題を叫ぶ映画ではなく、
ひとりの女性が、心を揺らした風景の記録、
それが、観客のもとにていねいに運ばれる作りになっている。
ツバルの女の子が、すごくいい顔をして言うのです。
「この島は、世界でいちばん最初に沈むと言われている。
でも、大丈夫だと思う。神様を信じているから」
頭で考えるだけでなく、まずは心を揺らしてから。
そんな映画です。美しい島々をめぐる心の旅、楽しんでください。
公開中。
公式サイト:http://www.beautiful-i.tv/