2009-04-30 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
突然ですが、
落ち込んでいる友だちを励ましたい時、皆さんはどうしますか?
どこかに連れ出す人、面白いことを言って笑わせる人…
いろいろあると思うのですが、
この監督の映画には、
どんな励ましの言葉も敵わないぐらい、
本能から人を元気にしてしまう、ものすごいエネルギーが溢れている。
エミール・クストリッツァという
旧ユーゴスラビア、現在のボスニア・ヘルツェゴビナの
サラエボ出身の監督です。
最近、ヒットしている映画の中には、
くっきりと整理された登場人物たちが出てきて、
物語がわかりやすく進行していくものも少なくないから、
そういう映画をよく観るという
高校生の人が、この監督の映画を観たら、
ちょっとした衝撃かもしれません。
私たちの日常は、決して一方向に
物事がきちんと整理されている、ということはないと思うのです。
出かけようと思ったら、電話がかかってきたり、
ふたりに同時に話しかけられたり。
嫌だなと思っている友だちのことがミョーに気になったり。
いろいろな出来事が、実はいろいろ息づいている。
そんないろいろを、この監督は本当に楽しく描いてしまいます。
いろいろな人が出てくるし、いろいろなことが起こる。
けれど、そんなごちゃごちゃが見事に調和して、
言葉では説明できない、大きなうねりを生み出すのです。
だんだんとクライマックスに到達する、音楽みたいに。
そのエネルギーが、ものすごい。
そして、そのいろいろ、ごちゃごちゃ。
ひとつひとつが楽しい!
思わず噴きだしてしまうようなユーモアに溢れています。
今回の主人公は、
セルビアの山奥に楽しいおじいちゃんと二人で暮らす、少年ツァーネ。
この男の子がのびのびとナチュラルでとってもいいのですが、
彼が女の人にちょっと興味が出てきた頃、
おじいさんが切り出します。
「ワシが死んだら、おまえはひとりになる。
町へ出て、嫁を探してこい」
かくして、ツァーネは、
生まれ育った、広々、のどかな山村を飛び出し、
高層ビルの立ち並ぶ都会へ。
生まれて初めて目にする「ビル」を前に、
思わず、階数を数えはじめるツァーネ。
田舎とは違う都会の風景にビックリしつつも、
マイペースな彼の様子は、変わらない。
やがて通りすがりのある女の子に
一目惚れした彼は、果敢に彼女にアプローチ。
ところがそこへ、
都会の商業主義を象徴するような“悪いヤツら”がやってきて、
(この人たちのことも、とてもユーモラスに描いている)
美しい彼女を利用して、よからぬことをたくらみはじめる。
ごちゃごちゃ、いろいろ、
思わず噴出してしまうような出来事がぽこぽこと起こります。
出来事としては決して笑えないようなことまで、
笑いにして、ユーモラスに描いてしまうパワーがすごい。
90年代に悲しい紛争を経験した、旧ユーゴ出身のクストリッツァ。
悲しみを知っている人が描く、明るさのパワーはものすごい。
田舎に住むツァーネのおじいさんが発明した、
どこかとぼけた味わいの
面白おかしな道具たちが、物語の要所要所で大活躍するのもお楽しみ。
そんな愛すべき、遊び心いっぱいのおじいさんや、
女の人たちの、太陽のようなおおらかな美しさ。
クライマックスのすべてを包み込む、広い広い山村の自然。
生命力にあふれた、この楽しさ!
ごちゃごちゃ、いろいろが、見事に調和して、
大きなエネルギーの流れを作り出していく世界。
この監督ならではの、この感じ。
ぜひ体験してみてください。
公開中。
公式サイト:http://www.weddingbell.jp/