2008-11-06 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
静かな雨に包まれる、
オープニングの竹林の緑。
雨の中、傘を差して歩いていく、
着物姿のなぞめいた女性―
美しいものを美しく描いたこの作品の、
全体を包み込む、しっとりとした美しさに心奪われる。
今週末から公開されるこの映画は、
今年2月に亡くなった市川崑監督が手がけた作品で、
ハイビジョンで制作される、
本格的な長編ドラマ第1作として93年に完成した。
その後BSで放送されたのだが、それ以外はほとんど上映されることがなく、ご本人も生前、この作品のことを気にかけていらしたらしい。
そんな映画『その木戸を通って』が、待望の劇場公開を迎えることになった。
どこか夢を見ているような、淡く美しいイメージに心奪われる作品だが、
中井喜一演じる、主人公のお侍・正四郎に愛嬌があり、
彼の結婚を取り持つ中老とのやりとりも、どことなくユーモラスで、
なんとも親しみが持てる。
悲壮でも大仰でもない、何気ない武士の日常…
「おや!?」とか「しまった!」とか「なんかタイクツ…」とか
武士だって思ったはずなのに、
時代劇で描かれるのは、どうしても偉い人や大変な局面の話が多い。
実は、こういう日常感の映画は珍しいのではないかと思う。
結婚間近の正四郎のもとに現れた、謎の女性。
自分がなぜここにやってきたのかもわからない。
彼にそう告げた、その女性のことを
「きっと誰かが仕掛けた罠だろう。
その手には引っかからないぞ」と言っていた正四郎。
けれど、彼女と一緒に暮らすうち、
正四郎は、記憶を失ったこの女性の純粋さに触れ、次第に惹かれてゆく…。
彼女のもつ、やさしげで、やわらかで、
男である正四郎は持ち合わせない
どこからか、よい香りのただようような感じ。
そんな彼女の魅力が、全編を通し、
理屈をこえた映像で、ふんわりと伝わってくる。
光に包まれ、紗のかかった、やわらかな映像が、とても美しい。
やがて、彼女に「ふさ」と名づけた正四郎は、
進んでいた結婚話をとりやめ、身元のわからぬ彼女を娶ることに決めるのだが―。
なぞめいて、やわらかで、どこか捉えどころのない―
この映画に描かれる「ふさ」は、
いつの時代にも変わらない、男の人がもつ、女の人への憧れを、
ほのかに、やわらかに、伝えているようにも思える。
それは、それは、うっとりとさせるような美しさで。
原作は、山本周五郎の短編。
日常を一瞬にして忘れさせるような、美しい世界。
学校生活の傍ら、のぞきみてみませんか?
8日より公開。
公式サイト:http://www.ponycanyon.co.jp/sonokido/