2005-11-17 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
人生に大切なことは、音楽ととてもよく似ている。
形がなくて、とどめておこうとしても、説明ができない。
でも、それがないと、日常に何かが足りないような気がする。
言葉にできなくて、でもすごく大切ななにか。
そんな大切ななにかを、
「うんうん、わかるわかる」な身近な感覚でフレッシュまま届けてくれる映画が誕生した。
タイトルは、『エリザベスタウン』。監督が、旅の途中で出会った
ケンタッキー州・ルイヴィルの印象がもとになっているというこの映画は、
撮りたい!と思ったものをすなおに撮った勢いと爽やかさに、あふれている。
舞台となるエリザベスタウンは、ケンタッキー州のルイヴィルから
264号線を走り、60B出口を降りるとたどりつく小さな街。
主人公ドリューが、車に乗ってこの街にやってくるシーンを観ていると、
アメリカを車で渡る旅をしてみたくなる。
とはいえ、この街にやってきた時のドリューは、かなりのブルー。
靴会社のデザイナーとして、新しいスニーカーのデザインに
すべてをかけてきたにも関わらず、ドリューがデザインした新商品が大失敗。
会社をクビになった彼は、10億ドルもの負債を背負うことに。
そんな失意の彼のもとに、父親が心臓発作で亡くなったという知らせが届く。
そのため、ドリューはエリザベスタウンを訪れたのだ。
そんな旅でドリューを出迎えたのは、
父の葬儀に集まった、それまで会うことのなかった親戚たち。
自分とどこか似ているような、気のいい、あたたかな人々。
彼らとつきあううちに、靴業界での成功一直線だったドリューの心が少しずつ溶けていく。
行きの飛行機で出会った、
ちょっと変わったフライト・アテンダントのクレアの存在も手伝って……。
音楽に似た、人々との数日間の出来事に滲むたいせつなもの。
失意のドリューは、自分の中でリズムを刻む、心の音楽をとりもどしていく。
監督は、昨年9月にこのコーナーでも紹介した
『あの頃ペニー・レインと』(2000)のキャメロン・クロウ。
10代で音楽ライターとしての活動をはじめた
監督自身の経験がもとになっているこの映画からもわかるとおり、
『エリザベスタウン』も、音楽が饒舌な映画。
音楽的な映像と音楽がまざりあい、素敵なラストシーンへ私たちを連れて行ってくれる。
主演は『ロード・オブ・ザ・リング』シリーズのオーランド・ブルーム。
ずっと時代劇に出演しきた彼にとっては、この映画は初の現代劇でもあるのだが、
美しい顔だちのオーランド・ブルームが、すごく身近に思えるのは、
この映画の、友達に話しかけるみたいな、肩の力の抜けた嘘のない空気感のせい。
だから、その隙間に容易に音楽がはいりこむ。わたしたちの日常とすんなり重なる。
フライト・アテンダントのクレアを演じるのは、
『スパイダーマン』シリーズのキルスティン・ダンスト。
クレアはちょっと不思議で、しっかり者で、愛すべき女の子なのだけれど、
柑橘系の彼女の魅力が、役とうまく混ざり合っている。
そのほか、スーザン・サランドンが演じるドリューのお母さんとか、
出てくる人、ひとりひとりがいとおしい、愛すべき映画。
音楽みたいに理屈ぬきで心に届く、プライベートな感覚がたまらない。