2005-09-15 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
『冬のソナタ』で大変な人気を呼んだペ・ヨンジュンの主演作。
早くから、いろいろなメディアで話題になっていましたが、
キャストのみならず、この作品は監督も興味深いのです。
わたしたちが韓国の男性に対してもっている、
マッチョで男らしい「動」のイメージとはまったく正反対を行く「静」の人。
こういう作風の監督、韓国では珍しいように思います。
日本の名匠・小津安二郎が好きというだけあって、
はっきりと言葉にできない「心」が息づく、日本人にもなじみの深い美しさが漂います。

ある交通事故がきっかけで、互いの伴侶が浮気をしていたことを知った男女。
同じ苦しみを抱えたふたりが、次第に思いを寄せ合っていく……。
互いの相手が運び込まれた病院のあるサムチョクで物語は展開していきますが、
この地方の町が、また、いい。
この土地の醸し出す、独特のプライベートな雰囲気のなかで、
自分にさえも捉えることのできない、それぞれの気持ちの揺れ動く様子が、
息遣いや温度をすくいとるように、ていねいに、ていねいに切り取られていく……
この映画には、説明がありません。
ただ、ただ、ふたりが過ごした何気ない日常風景が映し出され、
そのイメージがだんだんと重なっていく。
恋におちてしまったふたりの空気が、短縮も拡大もされず、
その瞬間の「真実」として、ふわりと観客の胸に届きます。
だから、この監督は同じシーンを何度も撮ることで有名。
この「真実」が出てくるまでに、時間が必要なのでしょう。
そんな風にしてスクリーンに映し出された映像には、
恋をした相手しか見ることのできない、
飾ることのできない、その人の「素」のやわやわな状態が映し出されていて、
見ている方は恋をした時の記憶が、感覚ごとよみがえってくる……これが、ホ・ジノ映画の真骨頂。
彼が男性だからか、ホ・ジノ作品に登場する女の人は本当に「なまの表情」をしている。
それは、仕草やたたずまいも含めて。
女性が観ても、もちろん感じるところのある作品ですが、
もしかすると男性の心に独特の響き方をする映画なのではないか…と思います。
女の人が思う「女の人のきれい」と
男の人が惹かれる「女の人のきれい」はどうやら違うらしい。
ホ・ジノの映画を観ていると、それを感じます。ピュアな「男の子」の視線。
そんなヒロインを演じているのは、ソン・イェジン。
『冬のソナタ』のプロデューサー・監督であるユン・ソクホのドラマ『夏の香り』や
この秋公開される映画『私の頭の中の消しゴム』にも主演しています。
記者会見での、しっとりとした仕草と、おっとりとした口調が美しい人。
「これまで何本ものラブストーリーに出演してきて、それを通して愛についての価値観をある程度持っていた気がするのですが、この映画に出演して、愛というのは、それほど単純な感情ではないのだな……ということがわかりました。誰かを愛するという気持ちよりも、愛を維持していくことの方がたいへんだと思いました。人は既成概念や偏見をもっているものですが、この映画を通して、いろいろなことが起こりうる可能性があるのだという風に思うようになりました。演じていくなかで、私を成熟させ、余裕をもたせ、心を広く生きることができるきっかけをくれた作品でした」。
ペ・ヨンジュンは、映画出演第一作である『スキャンダル』(2003)の監督イ・ジェヨンといい、この映画のホ・ジノといい、繊細な心理をていねいに描く「静」の監督と組んでいて、
自分自身の持ち味をよく知った選択をしている印象です。
ホ・ジノも、
「ペ・ヨンジュンさん、ソン・イェジンさん、ともに仕事をしてみたい俳優さんでした。
役と、それを演じる俳優さんがいかに合うか……そこが重要な問題ですが、
その点で非常に満足しています」。
作品の中でも監督、主演として息のあったところを感じさせてくれましたが、
記者会見にあらわれた3人も、やさしくておっとりしたトーンが共通していました。

トレードメークの眼鏡について質問されたペ・ヨンジュン。
「どこのブランドがいいというのは、特にありません。
今日のメガネも、どのブランドのものか、わかりません」。「今回のこの作品で、私はいままでの役作りと違う方法をとりました。
これまでは事前に人物をつくりあげて、演技に臨んでいましたが、
今回は、その人物になって、同じように感じて、
そのときの感情を表現しようと思いました。その作業は、とても大変なものでした」
と、ペ・ヨンジュン。
主人公ふたりが初めてお酒を飲み、互いに心を開いて話をする場面で
ヒロインが口にする「私たち、つきあいましょうか」という台詞も、
その場でそれぞれの役になったふたりの会話から、アドリブで出てきたものだそうです。
ところで、ホ・ジノが日本で注目された作品といえば、『八月のクリスマス』(1998)。
あれ、タイトルを聞いたことあるな…という人もいるかもしれません。
同じタイトルで山崎まさよし主演でリメイクされ、9月23日から公開されます。
続いての作品が『春の日は過ぎゆく』(2001)。
音楽のみならず、映画の「音」に並々ならぬこだわりを見せるホ・ジノですが、
主人公が録音技師のこの映画でも、その繊細な空気感が味わえます。
「人生がそうであるように、人間もまた、美しい部分と醜い部分を持ち合わせていると思います。ある時はとても美しく見えるものでも、別の視点から見れば、それは本人にとっては辛いものでもある……そのことを考えながら、映画を撮るという作業でした。愛に傷ついた人に、少しでも慰めになれば……と思ってこの映画を撮りました」と、ホ・ジノ。
9月17日より、全国公開。
公式サイト:http://www.aprilsnow.jp