2005-06-30 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
雑誌などでいろいろな人のちょっとした「気分転換法」が特集されていたりすると、
もちろん、周囲の人たちに迷惑をかけない範囲での話なのだけれど、
できるかぎり、喜ぶ時は思い切り「ちゃんと」喜んで、
落ち込むときには「ちゃんと」落ち込みたいなあ…と思ったりします。
元気な心でいること = 健康なこと と捉えられがちな気がするのですが、
むしろ、健やかなのは
「ちゃんと」喜んで、「ちゃんと」落ち込めることなのだと思うのです。
この映画の登場人物たちは、皆、自分の感情と徹底的につきあっていて、
そのうちの何人かは、それが悲劇的な出来事へとつながってしまったりもするのですが、
まさに人生を「謳歌」している…そこに惹かれました。
舞台はイタリアで、20世紀後半という象徴的な時代を描いた映画でもあります。
イタリアというと、太陽のように明るいイメージがある。
けれど、ここには、その明るい面も、その裏側にある暗面も描かれている。
光と影—この国の人々の気質を感じ取ることができます。
何より、映画が始まって数時間が経つうちに、
この映画の主人公であるカラーティ一家の人々のことが大好きになっている。
1966年から2003年までの37年間、イタリアを騒がせた数々の事件とともに、
一家に起こるさまざまな出来事が描かれるのですが、
その感じ方が、なんというか「近い」。
自分も一家の一員となって、時には自分の家族のことを思い出しながら観てしまうような
吸引力が、この映画にはあります。
物語は、大学生の兄弟ニコラとマッテオを中心に進んでいきます。
明るく積極的で、欲しいものにためらわずまっすぐ手を伸ばすことのできるニコラ。
一方、才能がありながらも、それを世の中に適合させていく術を知らないマッテオ。
同じ家で育ち、共通する感性をもつ、仲のよい二人ですが、人生への臨み方が大きく違う。
それが、二人のその後の人生を大きく分けてゆくのです。
ニコラもマッテオも、どちらも自分の中にいるな…
この映画を観た人はきっとそう思うのではないでしょうか?
そのことをマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督にお話したら、
「この二人は、ひとりの人間の(陰と陽の)両面なのだよ」と教えてくれました。
このふたりの人生模様が……ああ、もう思い出すと、胸がいっぱい。

人生を謳歌するというのは、
何か大きな結果を出すとか、大きなことをするというよりも、
「いま」の過ごし方のことなのだ…とこの映画を観ていると教えられます。
あたりまえのように自分の周りにいる人や環境。
あらためて、その大切さに気づかせてくれる映画でした。
7月9日より岩波ホールにて公開。
公式サイト:http://www.kagayakeru.net/