2005-06-02 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
今年発表されたアカデミー賞で、
作品賞・監督賞・主演女優賞、助演男優賞の4部門を占めた話題の映画。
監督・製作・主演は、おととしのアカデミー賞でも『ミスティック・リバー』(2003)が
数々の部門に輝いたクリント・イーストウッド。
『ダーティハリー』(1971)をはじめとする作品で俳優として知られる一方、
1971年の『恐怖のメロディ』を監督デビュー作に、メガホンをとった作品も数知れない。
今年で75歳の彼が世に送り出したのは、人生の味わいを感じさせる、
年齢を超えた、あるトレーナーと女性ボクサーの絆を描いた物語。
クリント・イーストウッドが演じるのは、
ロサンゼルスのダウンタウンにある小さなボクシング・ジムのボス、フランキー。
名トレーナーであり、名カットマン(試合の合間にボクサーの怪我などを手当てする人ですね)である彼の心には、長年にわたって引っかかっていることがある。
ひとつは、手紙を出し続けても、未開封のままその手紙が戻ってくる、
音信不通になった実の娘との関係。
そして、彼がトレーナーをしていた選手が試合中に失明してしまったこと。
自らの判断ミスのせいだと自分を責め続けているフランキーのもとで、
その選手は、フランキーを責めることなく、彼のジムに住み込みで働いている。
この元ボクサーの男、スクラップを演じるが、
『ショーシャンクの空に』のモーガン・フリーマンだ。
ある日の試合後、フランキーのもとに、ひとりの女性が駆け寄ってくる。
彼女の名は、マギー。
ウェイトレスの仕事でなんとか生計を立てながら、残りの時間をすべてボクシングにつぎ込んでいる31歳の女性だ。
そんな彼女に、フランキーは「女性は引き受けない」。
かたくなにマギーの頼みを断り続ける。
しかし、彼女はあきらめない。何度も彼のジムを訪れ、繰り返しアプローチを試みる。
そしてある日、フランキーは彼女と向かい合ううちに、
ボクシング以外にはもう何もない彼女の心中を感じ取ってしまう。
マギーの頼みを断りきれなくなった彼は、彼女のトレーナーを引き受けることを決める…。
ヒラリー・スワンク(左)とモーガン・フリーマン(右)。
中央は、花束プレゼンターで登場した『キル・ビル』の栗山千明。
「クリント・イーストウッド、モーガン・フリーマンと一緒に仕事することは、夢だった。
これまで女優をやってきたなかで、最高の経験だった」というのは、
マギーを演じたヒラリー・スワンク。
『ボーイズ・ドント・クライ』(1999)で性同一性障害の女性を演じ、
アカデミー賞の主演女優賞に輝いた彼女の演技力は、広く知られているところ。
今回もトレーニングを積み、肉体改造を試み、ボクサーであるマギーを演じている。
こなれたボクサーのリアリティには、脱帽してしまう。
監督としてのクリント・イーストウッドについて尋ねられると、
「『それぞれの役にふさわしい人を選ぶのが僕の仕事で、あとはその人に任せるんだ』
と彼はいつも言っていて、穏やかに、知らないうちにそっと俳優をリードしてくれている。
あからさまな指示を出すことはないけれど、いつも俳優を見ている」とヒラリー・スワンク。一方、モーガン・フリーマンは、
「自身が俳優だから、演技のプロセスを理解していることが他の監督と比べて大きな特長だと思う。映画をある方向には導いているけれど、監督としてアドバイスをするのでなく、俳優を尊重して自由を与えてくれる。他の監督のように声高に「アクション!」といったり、「カット!」といったりすることもなく、なんとなく自然にセットに入って撮影が始まり、スムーズに終わっていくという自然なやり方をするんだ」。
自然に始まって自然に終わる−その撮影方法のように、
言葉にできない、区切りをつけて説明することのできない、
フランキーとマギーの感情が寄り添っていくプロセスや、
スクラップも含めた3人の感情の交わり方、
そういう空気のようなものが、じっくりと伝わってくる大人の映画。
観終わったあとは、ひとりになって余韻に浸りたいような作品だ。
公開中。
公式サイト:http://www.md-baby.jp/