2005-05-12 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
先週もお伝えした、公開中の映画『エレニの旅』。
20世紀を映し出す3部作の第1作目にあたる、この作品。
物語は、1919年から1949年まで、
エレニというひとりの女性の人生を通し、時代の波が描かれていきます。
「この作品は、私の母に捧げられています。
私の母は、20世紀のはじめに生まれて、20世紀の終わりに亡くなりました。
ですから、20世紀はわたしの母の世紀でした。
『永遠と1日』でカンヌ映画祭に参加し、カンヌから帰ってくると、
母は病気で伏していました。しばらくして、彼女は亡くなりました。
ですから、彼女に映画を1本とって捧げたいと思ったのです。
もちろん、この作品で描かれているのは、わたしの母の人生ではありませんが。
この映画の主人公エレニは、悲劇的な人物です。
作品そのものが、悲劇として構成されています。
わたしの母自身が、この映画にも出てくるような20世紀のさまざまな事件を、
すべて体験した人です。
わたしの思い出の中の母は、いつも黒い服を着ていました。
いつも喪に服していたのです」
こう語るのは、2月に来日した監督のテオ・アンゲロプロス。
今回は、次女のカテリナさんとともに来日した。

中央がテオ・アンゲロプロス監督、右が次女のカテリナさん。
そして、監督と親交が深く、大のアンゲロプロス・ファンだという女優の岸恵子さん
「私自身、つらい歴史の時代を生きてきました。
1歳のとき(1936年)、第一次独裁制が敷かれました。
そして、5歳のとき、ギリシャはイタリア、ドイツとの戦争に突入しました。
9歳のときに、ギリシャにおける内戦、市民戦争が始まりました。
この場で、これ以上続けて挙げることはしませんが、
そのたびごとに、わたしが見たのは、喪に服する人たち…泣き叫ぶ女性の姿でした。
妹が亡くなったときの母の泣き叫ぶ声を、いまでも覚えています。
その声がこの映画の中の、女性の泣く声に反映されています。
なぜ女性を主人公にしたのかといえば、
女性の方が男性よりも、悲劇的である、悲劇の人物であると思うからです。
男性は戦争に行き、女性は死者の前で涙を流すのです」。
悲劇的な出来事を描いているにも関らず、
『エレニの旅』は、そこに描かれた自然や村や人…すべての息遣いをていねいにすくいとった、あまりに心地いいテンポの、絵画のように美しい映像で綴られてゆく。
印象的なシーンのひとつに、湖に沈む村の場面がある。
この場面、CGを一切使わず、実際に湖が水に沈むのを待って撮影されたという。
2年間という並々ならぬ撮影期間がかかったのには、こうした実際的な理由がある。
「映画の冒頭に村が登場しますが、あの村をわたしは建造しました。
湖の底に、村を造ったのです。
この湖、冬の3ヶ月の間、水がありません。
村を建てて、まず冒頭のシーンの撮影を行い、
そのあと、洪水が起こるのを待たなければなりませんでした。
水位がだんだんに高くなり、撮影をするのに十分な高さになるのを待って、
洪水のシーンを撮りました。
そのあと最後の場面の撮影ができるようになるまで、再び待たなければなりませんでした。
村が水没してしまって、わずかな廃墟と壊れた家が見える…そういうシーンです。
わたしたちは、自らの手によっては何も壊しませんでした。
水によって自然に村が破壊されるのを待ったのです。
最後のシーンを撮影することができた頃には、もう翌年になっていました」。
この映画の中では「水」が印象的な役割を果たす。
命の根源である「水」。
人が抗うことのできない、大きな自然である「水」。
「撮影監督のアンドレアス・シナノスが私の事務所にやってきて、
椅子に座るまえに『テオ、今日外で雨が降っている。撮影をしよう』と言ったのです。
わたしだけでなく、わたしの撮影監督にとっても、
外で雨が降っているというのは、撮影への招待のようなものなのです」。
「映画は、わたしの人生です。
映画を撮り続ける…これは、美しい女性が目の前を通り過ぎ、
遠ざかっていくのを眺めているようなもの。
遠ざかる美しい女性を撮影できるようにならなければならない。
その美しい女性を撮影しつづけることが大切。
その美しい女性というのが、わたしにとっては映画なのです。
映画が撮れなくなったら、映画はわたしの人生ですから、やめたら死んでしまいます。
これは、まじめな話です」。
溜息の出るような本物の時間を味わわせてくれる、アンゲロプロスの映画。
第2作目の完成が、待ち遠しい。
『エレニの旅』
公式サイト:http://www.bowjapan.com/eleni/