2005-05-05 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
忙しくしていると、生活に「周辺」がなくなる。
合理的に目的を果たすことばかりで、
「周辺」を楽しむことができなくなる。
これは、味気ない。とても、つまらない。
時間を気にしないでいられるときなら、
いつも歩く駅までの10分間の道のりでも、
季節の湿度や風の匂い、足の裏の感触、街並の変化…いろいろなものを
感じながら味わいながら、歩みを進めることができる。
結果として、いつもの3倍くらい時間はかかるのだけれど、
「周辺」のいろいろなこととつながって、
頭の中には、いろいろなことが浮かんで、広がっていく。
『エレニの旅』は、「周辺」をたっぷりと味わえる映画だ。
感覚や感情をたしかめながら歩くのに、ぴったりな速度で
カメラは、ゆっくり、ゆっくりと主人公の女性エレニとその周辺をとらえてゆく。
冒頭のシーンでは、ひとつの村が登場するのだが、この村が、すごい。
呼吸をしている。まるで実在する場所であるかのように。
人々が生活している息遣いが、スクリーンに漂っている。
セットとして村を作り、百軒以上の家々にスタッフや俳優たちが実際に生活してから
撮影にかかったと聞いて、納得した。

『永遠と1日』でカンヌ国際映画祭のパルム・ドール(最高)賞に輝いた
ギリシャのテオ・アンゲロプロスが手がけた『エレニの旅』。
幾たびもの悲しみを経験した20世紀のギリシャ。
そんな悲劇的な時代が、エレニというひとりの女性の人生を通して浮かび上がる。
動く絵画のような、ゆったりと変化していく美しい映像に浸っていると、
「ストーリーを追う」頭の動きは、ストップしてしまう。
けれど、追おうとしなくても、
エレニの悲しみは、皮膚の奥まで染み込んでくる。
彼女の人生は、過酷だ。
それなのに、その描き方が、あまりにゆったりとして心地よくて、
映画の世界から現実に戻るのが、本当に残念だった。
現在、公開中。
公式サイト:http://www.bowjapan.com/eleni/