2005-04-21 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
“Good morning!”
明るい声でそう言いながら、部屋に入ってきたウォン・カーウァイ。
以前、インタビューさせて頂いたときもそうだったが、
彼の周りには「いい空気」が漂っている。
この企画に参加してご自身が変わったことはありますか?という質問が場内から出た際、
「特にありません。1年、歳をとりました」と即答したことからもわかるとおり、
ウォン・カーウァイは、動じない。揺るがない。
たとえ周りが慌しくても、いつも「いい空気」を醸し出している。
こんなにスピーディーな現代に、
『欲望の翼』(1990)や『花様年華』(2000)のような、
観る者をうっとりさせる、ゆったりと美しい作品を
世に送り出すことができる理由が少しだけ想像できるような気がする。

『愛の神、エロス』は、
『欲望』(1966)などの作品で知られるイタリアのミケランジェロ・アントニオーニ、
『トラフィック』(2000)を手がけたアメリカのスティーブン・ソダーバーグ、
そして香港のウォン・カーウァイの3人が「エロス」をテーマに描いたトリロジー。
「2001年にカンヌ国際映画祭に行った際、ミケランジェロ・アントニオーニのプロデューサーからこの話を頂いたんです。監督は現在92歳で体調がすぐれず、筆談で会話をするような状況なのに、映画に対する情熱が変わっておらず、まだ映画を作りたいと言っている。その情熱に感動的して、ぜひ参加したいと思いました」
それぞれがどんな作品を撮っているのか、
知らないままに製作が進められたというこのトリロジー。
冒頭を飾るウォン・カーウァイの作品は『THE HAND』(『若き仕立屋の恋』)。

若い仕立屋の青年と、高級娼婦の女性の恋。
ドレスを作るために、彼は彼女のもとを訪れる。
初めて青年に会ったとき、女性は彼の手をとる。
「人と握手する機会がよくありますが、握手をすると瞬間にわかるのですね。この人は情熱的な人だとか、この人はあまり体調がよくないなとか。はじめてコン・リーに会って握手したとき、彼女の手は非常にやわらかくて、非常にセクシーでした」。
コン・リーは、『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993)をはじめ数多くの作品で知られる中国の女優。木村拓哉が出演することでも話題になった『2046』(2004)でもそうだったが、
ウォン・カーウァイ作品でのコン・リーは、
これまでの映画とは、また違った魅力を開花させている。
「コン・リーは、不思議な女優です。撮影していると、知らず知らずのうちにカメラが彼女を追ってしまう…そのくらい力のある、聡明な女優です。こういうタイプの女優さんは、芝居に入り、こちらが求めるものが出てくるまでに時間が必要なのです。
この映画を撮影していた当時は、SARSが猛威をふるっていたため、はやく撮影を終えなければなりませんでした。この映画は48時間通して撮り終えてしまったのですが、これは女優さんにとっては、かなりのプレッシャーです。時間が経つと、顔に疲れが出てきそうなものですが、この映画には彼女の疲れは見られません。夜になればなるほど、彼女はますます美しくなっていく。まさに花のようでした。時間をかけてゆっくり待っていると、どんどん花開いていくのです」。
『2046』のコン・リーも溜息が出るほどに美しかったが、
この作品のコン・リーも同じく、艶やかで美しい。
一方、若い仕立屋の青年を演じたのは、
『ブエノスアイレス』(1997)などに出演するチャン・チェン。
「撮影が終わったあと、彼が「この映画を経験して、演技が本当に好きになった。いままでの映画も仕事として一生懸命やってきたけれど、今回の仕事は僕にとって一種のチャレンジで、自分のすべての情熱を注ぎ込んでやらなければいけないことを実感した」と言っていました。ここ数年の彼の映画との関わりを見ていると、自分自身を全部、映画に投入するように取り組んでいる。この映画で、彼の印象は変わってくるのではないかと確信しています」。
「中学生、高校生の頃は、世の中のいろいろなことに好奇心をもっていました。その時代はテレビもなくて、本当によく本を読んでいました」というウォン・カーウァイ。この作品も、もとになっているのは1930年代の上海を舞台にした小説だ。「その頃、将来について明確なビジョンがあったかといえば、何もありませんでした」。
3人の監督が描いた3つの物語を
ロレンツォ・マットッティの絵、カエターノ・ヴェローゾの音楽が彩る、
美しいトリロジー。現在、公開中。
公式ホームページ:http://www.ainokami-eros.com/intro.html