2005-04-14 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
心にしみこんで、いつまでもはなれない映画というのがある。
そういう映画は、
たとえば、どこが見所という風に、
とりたてて、ある部分を切り取ることができない。
切れ目なく、続いて、折り重なって、胸の中に像を残す。
『海を飛ぶ夢』は、私にとって、まさにそういう映画だった。
観終わる頃には、胸がいっぱいになった。
それは、この映画の物語にそうなった、ともいえるけれど、
それよりも、この映画の何気ないシーンの、そこかしこに、
生きることの輝きが満ちていたから。

この映画の監督は、
アレハンドロ・アメナーバルという現在33歳のスペインの監督。
彼はアーティスト肌というか、
製作総指揮から、脚本、監督、編集、そして音楽までをも、すべて自身で手がける。
この映画の音楽も本当に、すばらしい。
彼の映画が世界で注目されたのが、『オープン・ユア・アイズ』(1997)という作品。
ストーリーはサスペンス・タッチで、
ぐんぐん観客を引き込むのだが、
この物語は、人の意識の世界を描いている。
夢と現実。そこを行き来する主人公の意識。
とかく目に見えるものだけにとらわれがちな、物質的な現代社会。
意識の大切さに、この映画は気づかせてくれる。
続く『アザーズ』(2001)は、少し前にテレビでも放映されていたし、
二コール・キッドマンが主演しているので、見知っている人も多いと思う。
ヒッチコックの作品を思わせる、巧みなホラーなのだが、
いちばん怖いのは、やはり人間の心。
この映画では、他者を受け止めることのできない、
孤独な母親の心が生み出す恐怖が描かれている。
そんな風に、意識の旅、心の旅を描いてきたアメナーバルが、
この映画で描いたのは、25歳で事故に遭ったことで、首から下が麻痺してしまい、
ベッドで寝たきりの生活を送る実在のスペイン人男性の物語。
自分の意志で動けない彼は、想像力によって、意識の世界で、
自由に空にはばたき、海へと飛んでゆく夢を見る。
観客も空を飛んでいるような錯覚に陥る、海へ向かって飛んでゆくシーンは本当に美しい。
「主人公ラモンは、若い頃に世界中を旅してまわり、その後、事故に遭ってからも、周囲の人々に「生」を分かち与えた…そんな彼の側面に惹かれました。そして、彼はたくさんの女性から愛された…そんなラブストーリーの面にも魅力を感じました」と、アメナーバル。

家族の世話を受けながら、寝たきりの生活を送る主人公ラモンは、
事故に遭ってから26年目に、ある決断をする。
それは、尊厳死という選択だった。
戸惑う家族。世の中の反響。
そして、彼の尊厳死を法的に認めてもらうための弁護士の女性との出会い。
彼の選択と、それをめぐる周囲の人々の物語が、描かれてゆく。
50代の主人公ラモンを演じるのは、
なんと30代の俳優、ハビエル・バルデム。
ジョニー・デップが女装して出演していることでも話題になった
『夜になるまえに』(2000)などで、日本でもその実力を知られている彼だが、
50代男性のリアルな空気感を体現している彼に、本当に驚かされた。
4月16日より公開。
公式サイト:http://umi.eigafan.com/