2005-02-10 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
わたしの友人に、
1973年に起きた「あさま山荘事件」が起こっている最中に生まれたという人がいる。
警察が犯人の立てこもる山荘に突入しようという、まさにそのとき、
そのTV中継を見ていた彼女のお母さんが、「う、生まれる…」となったのだそうだ。
あの事件は歴史に名を刻む大事件となったが、
おそらく彼女のお母さんや家族にとっては、
お腹の子供のことが何よりもの一大事だったはず。
歴史に名を刻むような大事件の一方で、ここにある個人の譲れない暮らしがある。
社会と個人の対比……
今日、ご紹介する映画『大統領の理髪師』は、
そんな個人の視点から、1960〜70年代の韓国の激動の時代を描き出した作品だ。
韓国国内も、そして韓国をとりまく世界の状況もあまりに騒然としていたこの時代。
そんな時代を、来る日も来る日も、小さな理髪店でお客さんの髪を切り続け、
ちょっと口うるさいしっかり者の妻とかわいいひとり息子を守りながら、
ひたむきに暮らしていた理髪師の父親の姿を通して描いたのが、この映画。
政治のことは何も知らない一庶民である理髪師が、大統領の理髪師になってしまう…
そんなトンンデモナイことから起きる、あれやこれやの出来事が、
時代の空気や事件をたくみに配しながら、ユーモラスに綴られていく。

理髪師の父親を演じるのが、
『シュリ』(1999)にも出演し、『反則王』(2000)、『殺人の追憶』(2003)などで
コミカルで憎めない人間像を滲み出してきた俳優ソン・ガンホ。
政治のことは知る由もない、一庶民が良かれと思って起こした行動が、
とんでもないことになってしまったり……コミカルな役を演じると、そのおかしさと悲哀にすっかり胸打たれてしまうソン・ガンホの持ち味が、この役にぴったり。
重い時代を生きた一庶民を、「きょとん」とした表情で演じている。
そして、その「きょとん」の背景にある痛みを、この映画はしっかりと描き出していて、
だから、胸にずしんとくる。
こんな凄い映画を撮ったのは、
これが長編デビュー作となる1969年生まれのイム・チャンサン。
理髪師の妻を演じたのは、イ・チャンドンの『オアシス』(2002)で重度の脳性麻痺の女性を演じ、高い評価を受けたムン・ソリ。
2月11日(金)よりBunkamuraル・シネマにて公開。
公式ホームページ:http://www.albatros-film.com/movie/barber/