2004-11-04 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
これは、おばあちゃん・お母さん・娘の3世代の女性を描いた作品です。
泣かせるようとする映画では決してないのですが、ラスト数分間のパワフルなこと。
思わず、「う」と涙が出てしまいました。
映画がはじまると、室内のさめたブルーの風景が印象的で、
「これ、どこかで見たことのある色彩だな…」と思うのですが、
よく見知っているヨーロッパの雰囲気とは少し違う。
女優さんたちの風情も、どこか印象的で、舞台は、どこなのだろう…と思っていると、
おばあちゃんがスターリンの話を持ち出したりして、
ああ、やはり、旧ソ連の共和国だった、どこかの国なのだ…と察しがつきます。
そう。この映画の舞台はグルジアなのです。
グルジアの風土や生活感が感じられるのも、この映画の興味深いところ。
物語を少し説明すると、
グルジアで、この3人の女性が一緒に暮らしているのです。
3人…つまり、おばあちゃんのエカ、その娘のマリーナ、そしてその娘のアダ。
マリーナの弟、つまりエカの息子は、パリに働きに出ていて、
おばあちゃん・エカは、息子オタールからの手紙をとても楽しみにしています。
手紙が届くと、孫娘のアダにそれを読んでもらうのですが、
エカは、美しい調べを聴くような表情をして、うっとりとそれに聞き入ります。
ところが、ある日、彼女たちの家に一件の電話がかかってきます。
電話をとったのは、マリーナ。
それは、オタールの重傷を知らせる、彼の友人からのものでした。
そして、その後、オタールはこの世からいなくなってしまいます。
マリーナは、その事実をエカには黙っておくべきだと、娘のアダに話します。
その日から、孫娘のアダは、オタールのふりをして、
おばあちゃん・エカに宛てた手紙を書くことになるのです。

この映画、エカとマリーナの言い合いが、一見、辛辣に見えます。
なかなか折り合いがよくない。
同じ子供でも、オタールとマリーナに対する態度が、明らかに異なるエカ。
それをマリーナ自身がいちばん感じ取っている。
なかなか、微妙な雰囲気。
そして、その仲裁をするのは、マリーナの娘のアダ。
そんな3人が抱える、それぞれの思い…
それが、ラストにたどり着くまでに、少しずつ、少しずつわかってくるのです。
3人の女優さんは、それぞれに何かを物語る雰囲気を醸し出していて、気になる存在です。
ロシア帝国の崩壊からソ連のアフガン侵攻、ソ連の崩壊…激動の時代を経験してきた
現代のグルジアで、それぞれ別の時代を生きてきた3世代の女性たち。
その時代を生きたゆえに、それぞれに抱えてしまったものが、
さり気なく散りばめられていきます。
3人それぞれにいいので、この人が!という言い方をするのは難しいのですが、
エカを演じたエステール・ゴランタンの豊かな表情!
彼女は1913年生まれの女優さん。つまり、今年91歳。
ポーランド生まれのユダヤ人の彼女は、
第二次世界大戦中に収容所に送られ、たびたび命の危険に晒されたという人。
ご両親が収容所で虐殺されるなど、過酷な経験をされてきた方なのですが、
来日した際のこの表情!

彼女の女優デビューは、なんと85歳のとき。
幼い頃の夢はバレリーナだったという彼女。
パリのユダヤ人協会に貼られていた映画『故郷への旅』(1999)のキャスト募集の、
「イディッシュ語を話す老婦人求む」という告知を見て、
何気なく受けたオーディションに合格したことをきっかけに、女優に。
現在、数々の作品に出演しています。
来日したエステールさんは、この映画のことを、
「映画全体が自然な雰囲気で、
人工的に作り上げた感じのしないところが、すばらしいと思います。
この作品には、トビリシ(グルジアの首都)の日常的な生活が映し出されていますが、
トビリシという街は歴史の古い街で、山に囲まれたすばらしい街なのです」。
そして、「たいへんな経験をされたようですが、
どのように人生を乗り越えてきたのか」という質問を受けると、
「あの時代、大変な目に遭ったのは、私ひとりではなくて、
大勢の人が、同じように大変な経験をしました。
それを経験した人、またその周辺にいた世界中の人たちが、
悲しみの時代を過ごしてきたと思います。
幸い、その時代は終わり、別の時代にいま私たちは生きています。
いま私たちを取り巻く環境というのは、やはり、大変な苦しみがありますけれども、
人間の歴史を振り返ってみると、難しい時期があり、それが終わり、
また新しい時代を迎えて…また、難しい時期を迎えて…という、
その繰り返しであると思います。いま私たちが生きているこの時代も、
いずれ終わりを迎えて新しい時代に入っていく…
そういう意味では、どの時代に生きていても、希望はもてると思います」。
ズシンと胸に響いたお答えでしたが、
そのほかにも、「ああ、いいなあ」と思ったお答えがたくさんありました。
たとえば、ご自身の人生でついた嘘を教えてくださいと尋ねられると、
「真実を言わなかったことはあるけれども、
嘘をついたことはないと思います。
嘘をつくということは、とても難しいことだと思います」。
そして、「これから、やってみたいこと・あなたの夢は?」と訊かれると、
「世界が平和になることが、わたしの夢です」。
「個人的には、新しいことは考えていません」。
「日本語でお話できたら、よかったのですが」と何度かおっしゃっていたエステールさん。
心のあふれる、豊かな表情…印象的でした。
日比谷シャンテ シネにて公開中。
公式サイト:http://www.yasashii-uso.com