2004-10-21 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
タイトルの『隠し剣・鬼の爪』って何のことかな…と思った人もいるのでは?
それがわかる頃には、きっとジーンとして涙を流している……これは、そんな映画です。
前作の『たそがれ清兵衛』(2002)につづき、この作品も原作は藤沢周平。
そして、主人公もやはり、前作と同様に、
周囲に流されず、人間らしく真摯に生きようとする侍・片桐。
相手が権力者であろうと、
正しいことは正しい・正しくないことは正しくない、己の主張をまっすぐに伝える。
そして、自分の大切な人のことを、何としてでも守りきろうとする。
近代化の波が近づき、変化の時期を迎えている幕末に、
人間として大切なことをシンプルに大切にしながら、静かに、正直に生きる片桐。
演じるのは、永瀬正敏。
不器用ながら、正しいと信じることをまっとうしようとする片桐の迷いと静かな強さが、
じんわりと伝わってくる……ハマリ役です。

映画は、それぞれが武士であり、友達同士である
小澤征良、吉岡秀隆、永瀬正敏の3人のショットで始まります。
どうして、このショットから始まったのか。
これは、この映画の中で、とても重要なこと。
映画が進むに連れ、その重要さがわかってきて、
後半クライマックスで、あまりにジーンとさせられます。
後半の展開をい、言いたい……でも、言ってしまったら、
映画を観たときの感動が半減するので、ガマンします。
とにかく、後半の展開が、心の奥の方で静かな涙を誘います。
そんな後半の物語展開、
一見、ハードボイルドな展開になりそうな筋なのですが、
この映画は、そうした作品とは一線を画している……
『男はつらいよ』シリーズの中で変わり行く日本の風景を
大切な人情とともにとらえ、描いてきた山田洋次監督ならではの物語が展開します。
これが、もう。……ジーンときてしまいます。

そして、そのジーンの傍らで、ほのかな恋も描かれます。
片桐の家に奉公に来ていた、百姓の娘きえ。
身分の違いから、結婚するわけにはいかないが、
一緒にいられることだけで、充分しあわせを感じているふたり。
女の人が恋心を打ち明けることが、あたりまえではなかった時代の恋。
おくゆかしい感情表現は、むしろ、互いの感情を言葉以上に伝え合っていて、美しい。
松たか子が、とてもやわらかな魅力で、きえを好演しています。
先日、彼女が主演する『ミス・サイゴン』を観る機会があったのですが、
もちまえの凛とした魅力に、
女らしい、やわらかな魅力がさらに加わったように感じられ、印象的でした。
そんないまの彼女の魅力が、
ひたむきで、やわらかな、きえからほんのりと伝わってきます。

どんなに時代が変わっても、
人としてしあわせなこと、あたたかいこと、美しいことは変わらない……
『男はつらいよ』シリーズや『幸福の黄色いハンカチ』(1977)、
そして、『たそがれ清兵衛』(2002)、『隠し剣・鬼の爪』。
長年にわたり、日本のこころを映し出してきた山田洋次監督の最新作。
いまの時代だからこそ心に響く物語。必見です。
ああ小澤征悦の出演するラスト・シーンを思い出すと、泣けてくる……。
ちなみに、『たそがれ清兵衛』と同様に、
この映画も、藤沢周平の複数の作品を原作にしています。
もとになっているのは、『隠し剣・鬼の爪』『雪明かり』のふたつの短編小説。
映画に心動かされた人は、小説にも触れてみてはいかがでしょうか。
公式サイト:http://www.kakushiken.jp