2004-09-30 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
「どんな人生でも、人の役に立て」
これは、『サイダーハウス・ルール』の中で、
孤児院の父親代わりの老医師・ラーチ先生が、孤児院で育った青年ホーマーに言う言葉。
今月は、秋の夜長にじっくりビデオ鑑賞できる作品を紹介していますが、
今日、ご紹介するのは、この作品『サイダーハウス・ルール』。
舞台は、1940年代初頭。
メイン州のニューイングランド・セントクラウズのある孤児院。
この駅へ降り立つ人の目的は、孤児院だけ…つまり、ほかには何もない静かな町。
たくさんの孤児たちが、ラーチ先生のあふれる父親的愛情のもと、元気に暮らしている。里親としてこの駅に降り立った夫婦がやってくると、ひとり、ひとり…と孤児たちが引き取られていく。残された子供たちは、それを複雑な心境で見つめている。
そんななかで、幾度か引き取られていったにも関わらず、
結局、孤児院に戻ってきてしまった赤ん坊がいた。
それが、『スパイダーマン』のトビー・マグワイア演じるホーマー。
彼は特別な子なのだと感じたラーチ先生は、自ら医術を教え、自分の仕事を手伝わせる。
「ここ(孤児院)に留まるつもりなら、私の仕事の役に立て」と。
ラーチ先生は、当時、違法だった堕胎手術を行っていた。
それが、女性の生き方を助けることになるとラーチ先生は信じていた。
しかし、ホーマーは、堕胎を行うことをどうしても受け入れられず、
先生の跡を継ぐことにためらいを感じていた。
そんな折、先生が彼に口にしたのが、冒頭の台詞。
「どんな人生でも、人の役に立て」。
ある時、兵士とその彼女であるカップルが、堕胎のために孤児院を訪れる。
その兵士たちと通じ合うものを感じたホーマーは、
孤児院を後にする彼らに、自分を一緒に車に乗せていってくれるように頼む。
行き先も目的もわからぬままに、ホーマーは孤児院の外の世界へ踏み出す。
映画といえば『キング・コング』しか知らなかった彼にとって、
彼らが見せてくれる世界は、新しいことばかり。
初めて訪れた海。初めての同世代の友達。初めて自分の意志で決めたりんご園の仕事。
そして、初めての恋……。
孤児院の中しか知らずにいたホーマーは、りんご園での生活を通して、
初めて「世の中」に触れ、さまざまなことを知っていく……。
果たして、ホーマーにとっての世の中とは、どんなものだったのか。
それは、この作品がなぜ「サイダーハウス・ルール」というタイトルなのかを
見終わったあと、考えてみると、しみじみと押し寄せてくる……。
ホーマーが経験した、いろいろな温かい思い出とともに。
物語のラストで、ホーマーは彼が人の役に立てる、進むべき道へすすむ……。
将来やりたいこと……と考えると、いろいろなことへの興味が溢れてきて、
いったい自分は何がやりたいのか、わからなくなったりすることもあるかと思うのですが、
視点を変えて、「人の役に立てることは…?」と考えると、
一気にそれがシンプルに見えてくる気がします。
とはいえ、人の役に立てているかは自分ではわからないものだと思うのですが、
「人は面倒くさがるけれど、自分は好きなこと」は何かと考えてみると、
自分が役に立てるかもしれないことが、なんとなく見えてくるような……。
書類の整理は苦にならないとか、初対面の人と打ち解けるのが得意だとか、
ものを観察するのは飽きないとか、地図を見るのが好きだとか……。
「どんな人生でも、人の役に立て」。
この台詞を言うラーチ先生を演じるのは、名優マイケル・ケイン。
最近では、この夏公開された『ウォルター少年と、夏の休日』(2003)でも
豊かな持ち味を感じさせ、楽しませてくれました。
ラーチ先生の、あたたかで、ユーモアにあふれた不良ぶりも楽しく、
その愛情が心にズーンと響きます。
監督は、スウェーデンのラッセ・ハルストレム。
人生の厳しさと豊かさを、愛情とユーモアにあふれた、やさしく美しい映像の中で描き出すこの監督の作品には、ほかに『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』(1985)、『ギルバート・グレイプ』(1993) などがあります。
また、この映画の原作・脚色(原作のあるものを脚本に直す作業のこと)は、
『ガープの世界』(1978)や『ホテル・ニューハンプシャー』(1981)のジョン・アーヴィング。
映画が始まると、音楽が流れてくるのですが、
この音楽が…!…いいのです……とても。思い出すと、胸がいっぱいに…。
しばらく、そのあたたかな、やさしい余韻に浸ってしまう作品です。