2004-09-16 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
夜に部屋でゆったりとビデオ鑑賞するのに、ぴったりなこの季節。
今週も、先週に引き続き、ビデオで楽しめる作品を取り上げたいと思います。
先週のコラムの最後の方にちょっと触れた『ミツバチのささやき』(1973)。
30年ほど前に製作されたこの作品は、
好きな映画を尋ねられたとき、そのひとつに挙げる人も多い映画。
長年にわたって人々から愛されている、わたしも大好きな作品です。
先週とりあげた『蝶の舌』(1999)は、幼い少年を主人公にした物語でしたが、
この『ミツバチのささやき』の主人公は幼い少女。
この少女・アナが、もう、たまらなく可愛い。
筆舌に尽くしがたい、
こぼれんばかりの可愛さなので、ぜひ映像でたしかめてみてください。
アナの可愛さはもちろん、
この映画には、映画でしか伝えることのできないものが、息づいています。
現実と空想の区別もあいまいな頃の少女が、
公民館で上映された映画『フランケンシュタイン』や石造りの小屋や毒キノコや……
ひとつひとつの現実と出会ったとき、
彼女の内側に芽生える、恐怖や不思議やなにか惹かれる感じ……
まだ、その感情の呼び名を知らない頃に私たちの誰もがおぼえた感覚が、
光ゆらめく映像のなか、ゆらぎ漂っているのです。
そしてまた、アナのおぼえた感覚は、
スペイン内戦が人々の生活に落とした影をも感じさせます。
じっくりと思いを紡ぎだす監督のビクトル・エリセは、
この映画の舞台である「1940年頃」、スペインのバスク地方生まれ。
この作品を長編デビュー作に、
1983年の『エル・スール』、1992年の『マルメロの陽光』と、
いままで3本の長編映画を世に送り出してきました。
最新作は、昨年12月にこのコーナーでもご紹介した
15人の監督の短編映画集『10ミニッツ・オールダー』の中の『ライフライン』。
作るべくして作られた、伝えたいことがあふれ出すような
この作品のひとつひとつのタッチは、
まったく観客を煽ることなく、
静かに観る者をひきつけ、作品世界に引きこんでしまいます。
こういう本来の意味で力強い作品を観ていると、
大島渚監督にインタビューさせて頂いた際、監督がおっしゃっていたことを思い出します。
「作りたいものしか、作らない。
やりたくない仕事をやってはダメですよ
だから、作りたくないものを作らないで待っている時間が必要なんだな」。
学校に行っている人は、毎朝学校に行く。
会社に行っている人は、毎朝会社に行く。
どんな状況で生きている人にも、
自分の心からの欲求に無理をして行動しなければいけないことが
日常生活にはあると思うのですが、
そのなかでも、できるだけ心の動きにていねいに沿って暮らしていく
自然な時間をもちたいものだなと、こういう映画を観るとあらためて思わされます。
オープニングの風景から漂うぬくもり、
ラストに辿り着くまでのみずみずしさ……
とってつけたものは、一切ない。
「本当」だけが息づく映像。
カンヌ国際映画祭の審査員特別賞と国際映画批評家協会賞を受賞した
『マルメロの陽光』もすばらしい。
秋の夜長に、静かに浸ってみてはいかがでしょうか?