2004-07-29 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
今日、ご紹介するのは来月初旬から公開になる『らくだの涙』。
もしも、何かにひどく執着していたり、
自分の本当のきもちがわからなくなって無理をしたり…
そんな、いまの自分が心地よく感じられないときに観たら、
スーっと心の垢がはがれて、本来の自分の状態に戻れるような
これは、そんな映画です。

カメラはモンゴルのゴビ砂漠で遊牧生活をいとなむ、とある一家の生活を追います。
一家は、おじいさん、おばあさんから幼い孫まで4世代が一緒に暮しています。
季節は、らくだの出産時期。
焦点があたるのは、一組のらくだの母子。
ある日、初産のため難産に苦しんだ母親らくだが、
やっとのことで白い子らくだを産みます。
しかし、母らくだはそのショックからか、
産んだばかりの子らくだの面倒を見ようとしません。
乳をあげようとしない母らくだの状態を憂えた一家は、
はなれた場所から腕の立つ馬頭琴(この楽器については絵本『スーホの白い馬』を思い出してください)奏者を呼びます。
これは、モンゴルに昔から伝わる風習。
うつくしい馬頭琴(この音色、心に響きます)にのせて、
らくだをやさしく撫でながら、美しい歌を歌う—
すると、母らくだの目からはあふれんばかりの涙が流れ出す…。
母らくだは、子らくだを受け入れるようになります。
「涙を流すらくだの物語」というのが、この映画の原題。
らくだが涙する様子を見たこと、ありますか?
らくだが、とても近しい存在に感じられます。
この映画の軸にあるのは、この出来事なのですが、
とりたてて、このらくだの母子だけをとりあげることはせず、
その周辺…モンゴルの遊牧生活を送る人々の生活のなかで、
らくだの母子のことが自然に語られていきます。
人々の生活があまりにも自然なので、
この「涙するらくだ」のことだけでなく、
彼らの生活の様子そのものが観る人の心の奥に、理屈ではなく染みとおっていくよう…。

監督は、モンゴル・ウランバートル出身の女性、ビャンバスレン・ダワーと
イタリア・フィレンツェ出身の男性、ルイジ・ファロルニ。
共に1971年生まれのふたりが
留学先であるドイツのミュンヘン映像映画大学(HFF)のドキュメンタリー科で出会い、
卒業制作として撮ったのがこの作品。
各国の映画祭にも出品されたドキュメンタリー映画です。
外国人がモンゴルを舞台に製作したドキュメンタリーを観ると、
エキゾティックなものやノスタルジックなものを求めるような、
どこかユートピア的で、音楽などで感動を煽るようなつくりになってしまうものが
ままあるように思われるのですが、この映画では、飾りも煽りもしない、
ありのままのモンゴルの遊牧生活を送る人たちの暮らしが見られる。
そこも、魅力です。
草原での暮らしはもちろんのこと、
外国人から見たら、自分たちの文化と同じようなものに映るためか
あまり紹介されることがない学校やお店の様子が見られるのも新鮮でしょうし、
観ていくうちに、映画の中に登場する、
モンゴルの人たちの挨拶や風習、生活文化にも興味ひかれるのではないでしょうか?
たとえば、はじめの方で、登場する「ミルクティー」は、
「スーテーツァイ」と呼ばれるもの。
「スー」はモンゴル語でミルクのこと。「ツァイ」はお茶。
モンゴルでは塩を入れて飲みます。初めは驚きますが、慣れると美味しいのです。
朝の大自然への儀式や
子らくだの成長への祈り…
大自然を敬うモンゴルの人々の姿勢が感じられる場面もたびたび登場します。
らくだの出産を待つ場面で
子供たちが遊んでいるおはじきのようなものは、「シャガー」と呼ばれるもの。
これは、家畜のくるぶしの骨なのです。
モンゴルの遊牧生活を送る人たちは、
食料として頂くために殺した家畜を、一切どこも無駄にしません。
腸は腸詰め(ソーセージ)にするし、皮は袋にする。
くるぶしは、おはじきのようなものにするのです。
何気ない場面ですが、モンゴルの人たちの
自然との共存のしかた、暮し方が感じられます。

この子供たちが遊んでいるのが、シャガー
遊牧文化を知るうえでも、非常に興味深いことはもちろん、
この作品は、ただ観ているだけでも、心に何かが届いてしまうはず。
ゲル(モンゴルの移動式住居)のトーノ(天井)越しに見える美しい星空だとか、
(ゲルの仕組みに興味をもった人には『モンゴルの馬と遊牧民』(野沢延行著、原書房)
という本を読んでみてはいかがでしょう)。
らくだの愛らしさだとか、幼い男の子の無邪気なかわいさや逞しさだとか…。
決して感動を煽ったりせず、モンゴルの生活にただよう、
あたりまえにそこに息づく愛情深さを、やさしい視線ですくいあげた作品。
彼らにとっては、あたりまえの日々の生活を
外から見てこんな風にいうのは自分勝手な気がして少し躊躇してしまいますが、
彼らの生活自体が、あまりに自然で、人間本来のあり方をしていて、
もうそのまま人を感動させる作品のようなものだなあ…としみじみ思います。

観るたびに発見があるであろう、頭にも心にも
どこだかわからないところにも届いて、静かに深く響いてしまう作品です。
8月7日(土)よりBunkamuraル・シネマにて公開。
ホームページ:http://www.klockworx.com/rakuda/