2004-07-15 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
宮沢りえ演じる娘・美津江の美しい仕草や言葉。原田芳雄扮する父・竹造のあたたかさ。そこから、じわじわとあぶり出されるように伝わってくる原爆の恐怖。かつて旅館を営んでいた一軒の家を舞台に、父と娘の心の機微をじっくりと細やかに描いた珠玉の作品『父と暮せば』が7月31日に封切られます。
この物語は、もともと舞台で上演されていた井上ひさしの戯曲。舞台に感動した黒木和雄監督が映画化を熱望。なんと、舞台用に書かれた台本を映画用に書き直すことなく、そのまま忠実に映画化されています。ユーモアや美しい暮らしの描写を交えながら、原爆に悩まされ続けている美津江と父・竹造の交流を密度高く描いた本作。舞台と同じように、ふたりの感情の流れが、途切れることなくスクリーンに溢れ出し、わたしたち観る者の心を打ちます。

物語の舞台は、広島に原爆が投下されてから3年後。原爆で父親を失った美津江は、地元の図書館で働きながら、原爆が投下される以前、父親が旅館を営んでいた家にひとりで暮している。彼女は、ある日、原爆のことを調べるために図書館にやってきた、浅野忠信演じる青年・木下に心ときめく。しかし、美津江はその想いを必死に打ち消そうとする。原爆で友達も父親も亡くなった、自分だけが生き残ってしまって申し訳ない…と。そんな彼女のもとに、ある日、亡くなった父親・竹造が幽霊となって姿を現す—この物語には、そんなふたりの4日間の出来事が綴られています。
木村威夫手がける美術も素晴らしく、映画が始まると一気にスクリーンに引き込まれてしまうのですが、そこに加え、美津江の物腰や話し言葉の美しさにはハっとさせられるほど。彼女が父・竹造に今日の献立を話す場面や、竹造が木下のために「じゃこ味噌」を作るシーン、木下を迎えるために父娘がもてなしの準備をする場面などでは、これまで日本の家庭であたりまえのように行われてきた日々の暮らしの美しさにうっとりしてしまいます。
しかし、それが美しければ美しいほど、美津江の心に潜む原爆の恐怖が際立ち、観る者の胸に鋭く突き刺さります。大切な人を失い、自分だけが生き残ってしまったことへの後ろめたさを抱える美津江。心のうつくしい若い彼女が抱えてしまった傷が、あまりにも痛い。そして自分自身も被爆した恐怖を抱えながら、娘になんとか前を向いて生きていってもらいたいと願う父・竹造の思いが切ない。観ていると、胸がいっぱいになってしまいます。
この映画は黒木和雄監督が手がけた戦争レクイエム3部作『TOMORROW/明日』(1988)『美しい夏キリシマ』(2003)の3作目。戦時下を生きた人々の、心の痛みをありありと描くことで戦争の恐ろしさ、悲しみを伝えるこれらの作品。必見です。
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