2004-07-08 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
半月ほど前、深夜にTVで懐かしい映画が放映されていました。薬師丸ひろ子と松田優作が主演する『探偵物語』(1983)。当時、薬師丸ひろ子はアイドル的人気の絶頂期で彼女が主演する角川映画が毎年のように製作され、同じく人気を博していた原田知世主演の作品と2本立てで公開されたりしていました。
この映画の原作は赤川次郎の小説。ストーリーは、こんな感じ。主人公の直美は、高級住宅地にある大きな邸宅に、お手伝いさんの長谷沼さんとふたりで暮す「お嬢様」女子大生。1週間後には、父親のいるアメリカへ渡ることが決まっている。父と長谷沼さんの関係を知る直美は、あまり渡米に乗り気ではない。
ある日、直美は大学へ休学届けを出しに行く。そこへ声をかけてきたのは憧れの先輩・永井さん。もう会えなくなるから海へ行こう(なんだかな〜)という彼に、よろこぶ直美。ところが、彼女にとって夢のようなこのデートが、ある男の出現で台無しになってしまう。その男とは、長谷沼さんが「直美の尾行とガード」を依頼していた探偵の辻山。辻山は直美に「悪いムシ」がつかないよう、直美のことを尾行していたのだ。辻山の出現に怒る直美だが、直美にバレてしまった後も辻山の任務は続き、その日から、直美と辻山は行動を共にすることになる。
そんな折、殺人事件が発生。事件の容疑者として追われているのは辻山の別れた妻・幸子。そして、殺害されたのは幸子の愛人でヤクザの組長の息子。警察とヤクザから追われる幸子をかくまいつつ、直美と辻山は真犯人探しに乗り出すのだが…。
まず、この映画をいま観て面白いのは、80年代の雰囲気。大学生の服装だったり、男の人と女の人の関係性やそれぞれの態度…現在と違うそれは、いまの高校生の人たちから見ると、新鮮かもしれません。特に印象的なのは、この映画、「中年探偵と女子大生の恋」ということになっているのだけれど、辻山の年齢設定は33歳。いまの感覚でいえば、33歳を決して中年とは呼ばないような気がします。実際、松田優作演じる33歳の辻山も、秋川リサ扮する29歳の幸子も、そして薬師丸ひろ子が演じる女子大生の直美も、この映画の登場人物は今のそれぞれの年代の人よりも大人びた印象。80年代の方が、いまと比べて「大人」する感覚があったのだなということを、たしかに感じます。これは、私たちの生き方が、社会から個へ移り変わり、より個人的になってきているからでしょうか。
この映画は、殺人事件の真犯人探しを軸にしながら、ひょんな立場どうしで出会った直美と辻山の1週間を描いたラブストーリーでもあります。ひとつひとつの出来事を通して、理屈ではなくふたりの呼吸が次第に合ってくる様子がいいし、松田優作の演じる辻山が、出会ったばかりの女子大生が恋してしまうのも納得がいくくらい格好いい。
たとえば、辻山が直美を家まで送り届けるシーンで、こんな会話があります。
直美「子供、いるんですか」
辻山「オレ、いないよ」
直美「じゃあ、奥さんは…?」
辻山「むかし…」
直美の中で辻山への興味が少しずつ出てきたことを感じさせる、ちょっといいシーン。
台詞自体も気が利いているのですが、
この台詞を映画で観ると、この会話だけで辻山の「客観的な言葉では説明できない」魅力、人となりが十分に伝わってきてしまいます。直美が彼を好きになってしまう説得力というのでしょうか。
脚本の字面で読んだだけでは感じられない、その人の波長のようなもの、
生身の辻山の魅力が、松田優作が演じると伝わってくる。これは、ワクワクします。
ラスト近くには、翌朝、アメリカに経つ直美が、
最後に辻山に会うために辻山のアパートを訪れるシーンがあります。
このシーンが、すごい。カメラは切り替わることなく、同じ場所から直美と辻山の様子を見据えます。その間、時間にすると10分以上。ここでの二人の演技も、すごくいいのです。
薬師丸ひろ子の演技は、台詞が流暢だというような素人目にわかりやすい器用な巧さではなく、本当にその気持ちになったときに台詞があふれてくる、すごく誠実な演技でいい。人として、女の人として、きちんとした人なのだなというのが伝わってくる、当時の彼女自身の魅力がすなおに表れています。
実は、私はこの映画を初めて観る前、先にシナリオ本を読んでいました。この映画が公開さえた当時は、まだ小学生で、こういったラブストーリーものの映画を観に行くことが許されていなかったのです。わくわくしながら読んだシナリオが、とても面白かったこともよく覚えていますが、少し時が経ち、映画を観た時の新鮮な驚きといったら。活字で読んでも、十分面白い物語なのですが、音楽で登場人物の感情を表せることや、幾たびも登場する直美と辻山のやりとりの機微や間合いには、すっかりやられてしまいました。
映画の愉しみ方として、何の先入観も予備知識もなく映画を観るというのが一番だと思うのですが、シナリオを読んでから、映画を観てみるのも実はすごく面白い。短い会話の何気ない台詞も、その人の気持ちや人となりを伝える重要な要素だし、それが物語を語っていくことにもつながる。シンプルな言葉も、そのシーンでの登場人物が置かれた状態でまったく違う印象になる。自分の頭の中で広がる作品世界を楽しんだ後、映画を観て、生身の俳優さんの魅力に感動するというのもいいものです。こうして観ると、演出の素晴らしさがありありとわかって面白いです。