2004-06-24 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
インタビューが始まると、思わず話をするペ・ドゥナの表情に見入ってしまった。話をする表情が、その瞬間ごとに本当にきれい。それは映画の中でも一緒で、彼女の演技は「くるくる変わる表情が印象的」と評されてもいる。
先週、このコーナーでご紹介したポン・ジュノ監督の『ほえる犬は噛まない』、そして今日ご紹介するチョン・ジェウン監督の『子猫をお願い』。どちらの作品も、彼女の不器用だけれど真っ直ぐな表情が印象的だ。彼女の表情には嘘がない。本当にそのときの感情をそのままストレートに映し出す。だから、観客は彼女の表情に引き込まれてしまう。つくりものの表情は、見る者に何の感情も呼び起こさない。
目の前にあらわれたペ・ドゥナは、この2作品の印象とはまったく違って、長身でとてもスレンダー、大人の女性のクールな雰囲気を感じさせる人だった。朝からインタビューが連続しているらしい。休憩を挟まず、前のインタビュー終了直後にまた始まろうというインタビューに、「ああ、また〜」という表情。正直な態度に、好感がもてるなと思った。でも、インタビューに入ると、彼女は真剣にひとつひとつの答えを出してくる。嘘のない表情で。その返答は正直で潔い。

『子猫をお願い』は、チョン・ジェウン監督の長編デビュー作。チョン・ジェウンは1969年生まれの女性監督だ。この物語の登場人物は、高校を卒業して社会に出て行く女子高の5人の同級生たち。将来への漠然とした不安や、友達と離れ離れになっていく現実感−「くるり」を思わせる音楽にのって広がる、プライベートな匂いのする映像は、彼女たちの微妙な心の揺らぎを内面からそっと映し出す。それは、時にみずみずしく、時にとても痛い。

『子猫をお願い』より
監督のチョン・ジェウンに、『子猫をお願い』を撮ることになった経緯を尋ねると、「女子高を出た女の子たちの物語を書きたいと思っていたのです。私は気になったことを全部ノートに書きとめておくのだけれど、どんな時に、どうして、それを書いたかわからないのだけれど、ノートを見返したら『子猫にお願い』と書いてあったの」と話してくれた。
ペ・ドゥナの演じた役テヒは、船員に憧れたり、女子高時代の友達と東大門市場に出かければ、皆が洋服を買ったりする中で、ひとりナイフに見入ったりしている女の子。ちょっと変わった子なのだ。どうして、テヒをこんなキャラクターに設定したのか監督に訊ねてみると「この映画に出てくる女の子たちは、どれも私の中にあるキャラクター。友達と買い物に出かけて、みんなが化粧品!といっているときに、ひとり枕を選んでいるようなところが私にもあるのです」と笑いながら答えてくれた。
ペ・ドゥナは、最初、この映画の話が来たとき、出演を断ろうとしていたのだという。監督はこの映画が長編デビュー作だから、どんな作品を撮る人なのかわからない。シナリオもよいのだけれど、どんな映画になるかがシナリオからだけではイメージしにくかったのだという。言葉にならない微妙な「感じ」を見事に映像で伝えるこの作品、たしかに脚本段階でどんな作品になるかをイメージするのは難しかっただろう。そこで、断るために監督に会いに行った際、監督が彼女に言った言葉は「私を信じて。テヒ役をやって」。なんと、かっこいい。
「テヒがいるから、この映画は輝くことができる。
シナリオで伝えられないイメージを映像で表現するから」。
そういう監督に、その場で彼女の短編を見せてもらったペ・ドゥナは、手のひらを返したように出演を決めたのだという。「監督は、頑固そうに見えて、そこも気に入りました」。
ちなみに、ペ・ドゥナが作品への出演を決めるのは、「自分がその作品に出演することで、作品をより輝かせることができるかどうか」だという。そして、一緒に仕事をする監督に求めるものは「人格は問いません。才能があれば、いいと思います」。

「テヒの台詞の中で『この流れる川のように、どこかを旅して生きていけたらいいな』というのがあるのですが、私もとても自由が好き。いろいろなところを旅して、多くのことを経験することが好きなのです」というペ・ドゥナ。
「ニューヨークが好きなのです。ソウルもきれいだし、日本もきれいだけれど、ニューヨークって汚いのですよね。無秩序な感じがする。タバコの吸殻がそこら辺に落ちていたり、変な匂いがしてきたり…でも、汚いからこそ感じられる居心地のよさ、気楽さがある。そこがすごく好きです」。
彼女の演じたテヒは面倒見のいい女の子だが、ペ・ドゥナ自身は、リーダーシップをとって人を集めて遊んだりすることはなく、どちらかというと、自分ひとりで遊んだりするタイプなのだという。愛くるしい容姿と裏腹な、“一匹狼な”匂いを感じさせる。

インタビュー終了後のパーティー。いろいろな人が会場にいる中、たまたまペ・ドゥナと目が合ったら、ていねいに会釈してくれた。今日のお礼を言いに行ったら、「持ってますよ」とインタビュー時に渡した名刺を出してくれた。1日で何十件も取材を受けているはずなのに。ペ・ドゥナは、そういう人なのだなと思った。嘘のない表情もうなずける。とても今っぽい人だけれど、しっかり骨がある。譲れないものをもっている。心がある。だから、たたずまいから何かを感じさせることができるのだろう。これから、いろいろな表情を見せてくれるのが本当に楽しみだ。
『子猫をお願い』は、今週末26日よりユーロスペースにて公開される。