2004-05-20 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
家をも動かす大男、見渡す限りの黄色い水仙畑、ふしぎな住人たちが暮らすどこかの町…幼い頃にワクワクしながらページをめくった童話や絵本の世界。スクリーンいっぱいにそんな世界が広がるのが、先週末に公開された『ビッグ・フィッシュ』。

『ビッグ・フィッシュ』より
監督は、『シザーハンズ』(91)や『スリーピー・ホロウ』(00)などを手がけたティム・バートン。ファンタジックで不思議な可愛さと、ちょっとこわい感じが共存する、その独自のビジュアル世界にはファンも多く、この映画でもそのテイストが存分に味わえる。この映画には原作があり、もともとティム・バートンが書いた物語ではないのだけれど、まるでティム・バートンのオリジナル作品ではないかと思えてしまうほど彼らしい。

記者会見にて
ティム・バートンとゲストの桃井かおり
「ファンタジーと現実のミックス…これは僕の得意分野です。
それもあって、引き受けようと思いました」
とティム・バートンが言うとおり、
この映画では冒頭で挙げたファンタジーと現実の物語が交錯する。
まず、物語は現実から始まる。
自らも間もなく父親になろうとしているジャーナリストのウィル。
その祝いの席で、彼の父親エドワード・ブルームが「息子が生まれた日に釣った巨大な魚の話」を始める。
すると、スクリーンは「現実」→「エドワードの語る物語の世界」へスウィッチ。
わくわくするような巨大な魚と父親の物語が、色鮮やかな映像で展開していく。
…こんな具合に、父エドワードが、自分の体験した話を壮大な物語にして語りだす度に、
その物語がティム・バートンならではの映像で展開する。
現実とファンタジーの世界のスウィッチは驚くほどスムーズで、
それは、映画のラストでも功を奏している。
父親の語る「息子が生まれた日に釣った巨大な魚の話」に祝いの席は大いに沸く。
そこに居合わせた人たちは大喜びするが、息子であるウィルだけは違った。
父の口から出てくる話はおとぎ話ばかり。本当の、まじめな話をしてほしい。本当の父さんを知りたい…。
ウィルは切なる思いを抱えていた。
ジャーナリストで常に現実と向かい合っているウィルと
口から出てくるのは、誰もの予想を超えた奇想天外なおとぎ話ばかりの父エドワード。
この日を境に、彼は父親との交流を避けるようになる。
ところがある日、エドワードの容態が悪化。
ウィルはエドワードが余命いくばくもないことを知らされ、妻とともに父エドワードに会いにいくのだが…。

『ビッグ・フィッシュ』より
「僕は少年時代を郊外で過ごした。何にもない、退屈なところです。
想像することしか、楽しみがない。だから頭の中は、いろいろ想像でいっぱいだった。
この環境で育ったことが、ファンタジーを描くことにつながっていると思う」。
どうして、そんなに豊かなイマジネーションが出てくるのか、という質問を受けて、
ティム・バートンはこんな風に答えていた。
劇中、本当のことを話してほしいという息子のウィルに、エドワードは言う。
「退屈な現実よりも、この方が(壮大な物語にした方が)面白いじゃないか」。
日々繰り返される日常生活のなか、
生活の根底に物語が息づいていれば、見慣れた風景をも新鮮に楽しむことができる。
エドワードの物語は、そのことに気づかせてくれる。
現代のわたしたちの生活は、情報や娯楽…さまざまな物にあふれている。
退屈してきたら、買い物、映画、遊園地…なんでもある。
でも、よくよく考えると、これらはすべて与えられる受身の「楽しみ」だ。
たとえば、ダイニングテーブルの上に、タバスコの瓶が置かれていたとする。
それを、ただ「瓶だな」と思って通り過ぎてしまえば、そこに物語は生まれない。
でも、もしも、そのタバスコが誰かのお土産だったら…
もしも、そのタバスコを大切な人との食事のときに見た思い出があったなら…
そして、原材料表示に目を向けて、遥か遠い南米の原産地に思いを馳せることができたなら…

『ビッグ・フィッシュ』より
そこに、いくつもの物語が生まれる。それは豊かに広がっていく。
エドワードが語る物語は、目に見えないものに思いをはせる、
暮らしを色づかせる物語のちから→物語を生み出す想像のちからに気づかせてくれる。
そして、エドワードが語る物語には、
童話やおとぎ話らしい、人生や「ものの道理」がさり気なく織り込まれている。
そこには、きれいな心のありようや、ほっとするようなあたたかな人間関係が滲んでいる。
物語の中のエドワードを演じるのは、
『スターウォーズ』シリーズでもおなじみのユアン・マクレガーなのだが、
彼がおとぎ話のピュアな主人公エドワードを体現していて、あまりにぴったりだ。
物語の後半、父と息子の物語は大きく展開する。
ずっとウィルが見てきた父親像。ウィルが見たかった父親像。
そのどちらでもない、本当の父エドワードの姿に、ウィルは気づくことになる−。
ティム・バートン自身、父親が亡くなり死について考えさせられたときに、この映画の話が来たのだという。
父と息子の関係を軸にした、壮大な人生のおとぎ話。
映画が始まったら、ラスト・シーンまでどっぷりと物語世界に運ばれてしまう作品。