2004-02-26 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
突然ですが、インドの映画というと、あなたは何を思い浮かべますか?
数年前に日本でも大ヒットした『ムトゥ 踊るマハラジャ』(1995)のような、歌と踊りが盛り込まれた3時間にも及ぶ娯楽映画を思い浮かべる人もいれば、『大地のうた』(1955)などで知られる名匠サタジット・レイを思い出す人もいるかもしれません。

映画『ストーリー・ビギンズ・アット・ジ・エンド』より(C)NHK
今日、お伝えするのは、インド出身の監督のインタビューです。昨年12月に東京・恵比寿の写真美術館で開催された「NHKアジア・フィルム・フェスティバル」。ここで上映された映画『ストーリー・ビギンズ・アット。ジ・エンド』を撮った、インド出身の監督ムラリ・ナイール監督にお話をお伺いしました。

現在はロンドン在住で、子供向けテレビ番組も手がけているナイール監督。
日本に来ても、渋谷などで若い人たちの様子を見ているのが興味深いそう。
『ストーリー・ビギンズ・アット・ジ・エンド』は、インドの農村地帯を舞台に描かれた、ちょっとシュールでファンタジックな不思議な匂いのする作品。2003年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門にも出品されました。
主人公は、由緒あるナイール家の末裔である男、クシュナニ。ナイール家は、高い階層に位置する裕福な一族なのですが、いまの一家にかつての華やかさはありません。クシュナニは、自分の暮らす地域で政治的・社会的な変化が起きているにも関わらず、自分は妻と幼い息子とともに淡々と平穏な日々を送っています。
そんなクシュナニは、ある朝、鏡を見ていて、自分の顔の顎のあたりにホクロのようなものができていることに気づきます。大して気にもとめていなかったクシュナニですが、そのホクロは次第に大きくなっていきます。心配した妻や周囲の人間が手術を勧めるのですが、クシュナニは頑なにそれを拒否します。彼の先祖は、誰も手術など受けたことがないという理由で。それでも、大きくなっていくホクロを気に病んだ彼は、伝統的な薬草治療を自ら試みますが、次第にホクロは怪物のように大きくなっていき…。そして、ついにホクロは…!
ホクロがエゴイズムの象徴となって描かれるユニークな発想の本作。原作は監督が15、6歳の頃に読んだ短編小説だそう。
「昔から政治や自分を取り巻く社会的状況に興味をもっていました。若いときに、この映画の原作である小説を読み、そのテーマに非常に惹かれて、自分の周りに政治的な出来事が起こる毎に、この小説に戻っていたのです。ずっと映画化したいと思っていて、やっと実現できました。
この小説が出版されたときは、年代でいうと1975年から77年頃ですが、一種の独裁的な体制が敷かれていました。政府が言論の自由、表現の自由に抑圧を与えていた時代だったのです。そういった検閲を通り抜けて出版された非常に数少ない小説が、この小説でした。そして、いま世界の時代状況を見ていると、あの時代と非常に似たものを感じるところがあります」。
—いまの時代状況と似ているというのは?
「特にアメリカで同時多発テロが起きてから、その傾向が出てきていると思うのです。どの国も国民は戦争に対して反対している。でも、政府は戦争の方へと国を追いやろうとしている。そんな風に、政府と国民の間に隔たりが見られる時代になってしまっていると思います。
そして、企業や大きな組織が世の中を動かしていく時代でもありますよね。すべてのものが商業化され、人もひとつの物のように扱われていく時代、そういった風潮がさらに消費主義を煽っていくような傾向にも懸念を感じます。
私は、インドの自給自足の農家の出身です。自分に必要なものは自給自足できる人になりなさい、そのような社会を作りなさいと教わり、育ってきました。でも、現在の世界の状況を見ていると、一概に自給自足を良しとするのが難しくなってきていると思うのです」。
—具体的にお話していただけますか?
「自給自足で賄えるということは、他の国々との貿易をする必要がないということでもあります。他の国々との取引を活発にやっていかないと、国際社会での自国の扱いを厳しいものにされてしまう…そういう体制が、現在の先進工業国の考え方としてあるように思うのです。国際的な取引に参加しなければ、ビジネスが生まれず、自国の商業も動いていかず、富を生むことが難しくなります」。
日本にいて、私たちの耳に入ってくる情報というのは、ほとんどが先進国の立場から見た情報なのだということに、あらためて気づかされる。映画は、娯楽としての要素はもちろんだが、その地域で暮らす人々の文化や主張を映すという意味でも重要な役割を果たす。
この映画は、インド南部の農村地帯を舞台にしているが、主人公クシュナニの暮らす家、周囲の環境など、自然の豊かな地域で、その描写が見ていて非常に心地いい。
「私は、あのような環境で育ったので、あの地域の文化をキャンバスに見立てて、そこにいろいろな要素を取り込んで映画にしました。あの風土の中で大きくなったことを私はとても誇りに思っています。私の育った文化に関して世界では知らない人も多いかもしれませんが、私は自分の育った、この文化的背景をキャンバスにしていきたいと思っています」。
この映画での自然描写は、監督が能動的に描こうとして描いたというよりも、ごく自然にそこにある、まさに自然な風景だ。そこが、とても気持ちいい。
「自然を映画の中に取り込んでいくときに非常に大切なことは、決して風光明媚な観光名所的なものになってはいけないということなのです。自然を登場させるときは、必ず、作品をさらに豊かにするものとして出していかなければならない。それが、なかなか難しいところなのです。そうやって意識していかないと、自然のもっている、あの圧倒的な美しさに完全にこちらが呑まれてしまうのです
私は観客にすべてを説明していくようなやり方が好きではありません。観ている人に何かを感じてもらえるような、とっかかりを作っていく、そういうやり方を好んでいます。たとえば、この映画で主人公の家族が住んでいる家ですが、私は家の全景は一度も登場させていません。家のあちらこちらの部分部分だけを見せて、それを通じて皆さんに彼らが暮らす環境を感じ取っていただきたいという風に考えて作っています。これは、東洋的な思想に通じるかもしれませんね。私は自然をそういう風に登場させています」。
そんなナイール監督、少し前の時代の日本映画もよくご覧になるらしい。
「溝口健二の『雨月物語』が好きなのです。ほかにも、小津安二郎、大島渚、そして、もちろん黒澤明などの作品を観ています。文学を発展させた延長上で物事を掘り下げ、何かを探り当てるような描写は、日本の映画特有のものなのではないかという印象をもっています。語り継がれた伝説が織り込まれていたり、独自の文化を反映させているところもすばらしいと思います。世界全体が西欧化してきて、自分たちがもっている独自の文化のありがたみを忘れがちな風潮があると思いますが、それは残念なことですよね」。
現在はロンドン在住のナイール監督。もともとは地質学を学んでいて修士号まで修めたそう。でも、何か退屈で面白くない…もっと面白くて、いろいろな人や文化と知り合えることはないか…そう思ってインドを放浪した末、たどり着いたのが映画だったそう。「映画を撮り始めてからは、退屈を感じたことはありません。いつも面白いと思い続けています」という言葉が印象的だった。
監督のプロフィール、映画祭については、
アジア・フィルム・フェスティバル
http://www.nhk.or.jp/sun_asia/
なお、本日26日午後11時から、NHK ハイビジョンにて
同映画祭の出品作品『ハンター』が放映されます。
この作品の監督、カザフスタンのセリック・アプリモフ監督についてもこのページでインタビューをお送りする予定です。