2003-11-27 号
多賀谷 浩子(フリーランス・ライター)
人の「心」が見えるとうれしい。
よく雑誌の悩み相談などで「一緒に遊べる友達はいるけれど、悩みを話せる友達がいない」という類のものを目にする。これって、ありがちだと思う。お互いの「心」が見えるところまで降りていくのには、それなりの時間も要するものだ。何年も仕事だけの付き合いをしている人と時を重ねていくうちに、あるとき、ふとその人の素顔…「心」が垣間見えたりすると、なんだか新鮮でうれしかったりする。
これは文章に限ったことではないが、よい作品について「肉体を感じさせる文章」なんて云う言い方をすることがある。その作品の向こうに、その作者の「人となり」…つまりは「心」を感じさせる文章。それに、読み手である私たちは心打たれる。そこには、その人の飾らない正直な「心」が顕われているから。
映画も同じで、作品の向こうに作り手である監督の「人となり」が顕われているもの…やはり、それが人の心を動かす作品なのだと思う。作り手の「心」が見える作品。
いま東京・有楽町で開催されている映画祭・東京フィルメックスが掲げているひとつの特徴は「作家主義」。つまりは、作品の向こうに作り手の個性がしっかりと見える映画を集めているということ。だから、わたしは毎年、この映画祭をとても楽しみにしているし、今年も1作品、1作品の映画に「出会う」のが楽しみで会場に足を運ぶ。
今年のオープニングを飾った作品は、韓国の『春夏秋冬…そして春(仮題)』。これは韓国の若手監督キム・ギドクの最新作。来年には劇場でも公開される。山深いところの緑豊かな湖。見ているだけで心が澄むような湖の上にひっそりと浮かぶ寺院。物語は、この寺院を舞台に展開する。ひとりの少年僧の人生が「春・夏・秋・冬」の四季になぞらえて描かれていく。ひとりの男の成長=人生の四季を通して描かれるのは、人間の誰もが持ちうる「罪」とそれに対する「償い」。真摯なテーマでありながら、瑞々しい自然描写は、観ている者の五感まで元気にしてしまう。劇中、老僧が青年に成長した主人公の僧に説く。「欲は執着を生み、執着が殺意を生むのだ…」。心の雑音をすっと消し去ってしまうような力のある作品。場面設定がシンプルなだけに、ひとりの男の成長過程での「心」の様子がありありと描かれ、監督の「心」が伝わってくる。

コンペティション部門の審査員会見時の写真。
右から2番目が『春夏秋冬…そして春(仮題)』のキム・ギドク監督。
作品では監督自ら重要な役どころを演じている。今回は、審査員もつとめる。
審査員の方々は、左からアメリカの映画キューレーターであり映画研究者のリチャード・ペーニャ氏、
フランスの雑誌『シネマ』編集長のベルナール・エイゼンシッツ氏、そしてキム・ギドク監督、
クロージング作品で最新作『ニワトリはハダシだ』が上映される日本の森崎東監督。
4人の方々の佇まいが、それぞれに魅力的でいい感じ。
(ほかにも香港の映画研究者ウォン・アイリン氏が審査員として参加)。
また、今年のフィルメックスの今までの上映の中で、とても心躍ったのは、映画祭3日目・24日に行われた名匠・清水宏の『港の日本娘』の上映。トーキー映画である本作を、“チャンチキ トルネエド”の生演奏とともに上映した今回の試み。ジャジーでモダンなアレンジ&演奏は、異国情緒漂う粋な恋愛映画である本作にとても合っていたし、観ていて心躍らされた。清水宏は、小津安二郎と同じ1903年生まれの監督。生誕100年を記念して、映画祭期間中、京橋の東京国立近代美術館フィルムセンターを会場に特集上映が行われている。「往年の名匠」なんていうと、“なんだか難しそう…”と構えてしまいがちな気がするのだが、構えずに観ていただきたい。『港の日本娘』も、とても素敵!だった。観たら、ちょっとうれしくなっちゃう感じ。心が躍ってしまう感じ。香りを感じさせるような…。残念ながら、『港の日本娘』の上映は期間中にはもうないのだが、他の清水宏作品は上映されているので、ぜひご覧いただきたい。
フィルメックスは今月30日まで開催される。東京近郊にお住まいでない方もフィルメックスのホームページを見ると、過去3回の上映作品も掲載されている。その中には、すでに劇場公開され、ビデオ化・DVD化されている映画も多々あるので、「これ、観てみたい!」と思う作品を見つけて観てみるのも楽しみ方のひとつだ。
東京フィルメックス・ホームページ :www.filmex.net