

1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。
2011-10-17 号
高橋 源一郎(作家)
いったい、いまの若者は幸福なのだろうか不幸なのだろうか。もうすでに若者であった頃からはずいぶん離れてしまったぼくには、よくわからない。だからといって、ぼくが教えている学生たちに質問してみても、はっきりした答があるわけじゃない。でも、非正規労働につく若者が増え、就活が過酷になり、ワーキングプアやネットカフェ難民といった初めて聞くことばが生まれていることなら知っている。どうやら、若者がたいへんな目にあっていることだけは確からしい。だから、たぶん、いまの若者は、どちらかというと不幸なんだろう……と、なんとなく思っていた。ところが、そうではないらしいのだ。
「内閣府の『国民の生活に関する世論調査』によれば、二〇一〇年の時点で二〇代男子の六五・九%、二〇代女子の七五・二%が現在の生活に『満足』していると答えている。こんなに格差社会だ、若者は不幸だと言われながらも、今の二〇代の約七割は生活に満足しているのだ。特に男の子に関しては、過去四〇年間で一五%近くも満足度が上昇している」(『絶望の国の不幸な若者たち』古市憲寿)
いったい、どういうことなんだろう。どんどん景気が悪くなり、就職難に苦しんでいるはずなのに、どうして「満足」度が上昇しているのだろう。
古市さんは、データを読み解きながら、また不思議な数値を発見する。それは、「日頃の生活の中で、悩みや不安を感じているか」という質問に対する回答で、そこでは二〇代の六三・一%が悩みや不安を感じていると答えている。バブル崩壊以降「不安がある」という答えはずっと上昇を続けているのだ。
ということは、ここ二十五年ほど、若者たちは「満足」度と「不安」度を同時に上昇させていたということになる。そして、その謎を古市さんは、こんな風に解くのである。
「『今日よりも明日がよくならない』と思う時、人は『今が幸せ』と答えるのである。これで高度成長期やバブル期に、若者の生活満足度が低かった理由が説明できる。彼らは、『今日よりも明日がよくなる』と信じることができた。自分の生活もどんどんよくなっていくという希望があった。だからこそ、『今は不幸』だけど、いつか幸せになるという『『希望』を持つことができた。(中略)。しかし、もはや今の若者は素朴に『今日よりも明日がよくなる』とは信じることができない。自分たちの目の前に広がるのは、ただの『終わりなき日常』だ。だからこそ、『今は幸せだ』と言うことができる。つまり、人は将来に『希望』をなくした時、『幸せ』になることができる」
希望がないからこそ、今を「幸せ」と感じる。あるいは、今を「幸せ」と感じなければ、希望がない時代には生きていけないのだ。それが「満足」と「不安」を両立させる若者たちの意識の秘密だ、と古市さんは書いている。
さらに、古市さんは、若者たちの「幸せ」の根源は、今、「仲間」と共にいることにある、と指摘する。
「若者たちが)『今、ここ』にある『小さな世界』(気の合った仲間たちといられる世界・筆者注)の中に生きているならば、いくら世の中で貧困が問題になろうと、世代間格差が深刻な問題であろうと、彼らの幸せには影響を及ばさない」
のである。
さて、みなさんは、この古市さんの意見を、どう思いますか?