1951年広島生まれ。81年「さようなら、ギャングたち」が群像新人長篇小説賞優秀作 に。 88年『優雅で感傷的な日本野球』(河出書房新社)で第一回三島由紀夫賞を、 2002年『日本文学盛衰史』(講談社)で伊藤整文学賞を受賞。
2010-09-25 号
高橋 源一郎(作家)
「移行期的混乱」なんてことば、初耳ではないだろうか。もちろん、ぼくだって、平川克 美さんの『移行期的混乱について』という本を読むまで、知らなかった。でも、平川さんの本を読み進むにつれ、いまぼくたちが置かれている状況を示すのに、これ以上ぴったりのことばはないんじゃないかと思えてきたのだった。
いちばん驚いたのは、人口問題。実は誰もが知っているようで知らないこと。日本の人口が2006年に頭打ちになったことぐらいはぼくでも知っている(1億2114万人)。では、日本の人口がどう変わってきたか、となるとどうだろう。紀元1000年、だいたい鎌倉幕府が成立した頃の日本の人口はざっと700万(少ない!)。それが600年後、江戸幕府が成立した頃(1600年)に1200万人。そこから少しずつ増えていって江戸時代半ば、1700年に3000万人。それから150年ほど、江戸時代が終わるまで、人口の変動はほとんどないのである。だが、明治時代に突入し、人口は右肩上がりで上昇し続ける。その頂点が、さっき書いた、2006年なのだ。ということは、どうやら、有史以来、日本の人口はただひたすら増え続けた(停滞期はあったけれど)。そして、ついに、史上初めて、減少を開始したということなのだ。ちなみに、このまま進むと、2100年に、人口は7000万人を割ってしまうといわれている。しかも、その三人の一人は高齢者なのである。
その頃には、ぼくは存在しない。でも、あなたたちの中には(医学の発達で)生き延びている人もいるかもしれない。その時、この国はどんな世界になっているだろう。間違いなく、いまの、この国とはなにもかもが異なった世界になっているだろう。
いままでは、過去の経験が役にたった。確かに、時には戦争があったり、災害があった りして、貧しくなることはあった。でも、すぐに復興がやって来た。経済が豊かになった。なにがあっても、結局、暮らしは前より楽になるものだった。要するに、「未来は明るいもの」だと、根拠もなく信じることができたのである。
でも。人がどんどん減ってゆく。とりわけ、子どもの数がどんどん減ってゆく。その代わり、お年寄りの数だけが(ぼくなんかもうその一部)確実に増えてゆく。人が減る、ということは、ものを買う人が減る、ということである。その結果、ものは売れなくなる、ということである。収入が減る、ということである。だから、人は節約するようになる。その結果、さらに、ものは売れなくなる。
では、いつかまた、人口が増えたり、経済がかつてのように右肩上がりで成長するようなことがあるだろうか。平川さんは、様々な統計や駆使し、様々な説をとりあげ、どうやらそんなことはなさそうだ、と結論づける。
ガーン……。なんたるショック。それほど長くは、この世界に居つづけられないであろうぼくだって、ショックなのだ。もっと若いみなさんは、「縁起でもない!」とか「もっと、明るい未来予測はないの?」と思われるかもしれない。
平川さんだって、みなさんを暗い気持ちにさせたくて、このような本を書いたわけではあるまい。誰だって、そうだ。だが、ウソやハッタリで、存在しない希望にすがって生きるわけにはいかないのである。
では、どうすればいいのか。自分の頭で、一から考えろ。だって、いままでの例が役に立たないんだから。そう、平川さんはおっしゃるのだ。諸君、いま、ぼくたちはたいへんな時代に生きているらしいぞ。